実証会計学のてほどき

発生処理高による検証のすすめ方

OBE Accounting Research Lab

岡部 孝好 著


イントロダクション

会計学の専門的な学習に取り組みはじめた学生は、実証会計学(positive accounting)という のが会計学研究の最新のフロンティアであり、若手研究者が学会とか学術雑誌に発表している斬新な研究成果の多くがこの実証 会計学がらみだ、ということにすぐに気づくようである。この点の認識が強烈なのはアメリカ・カナダの大学へ留学してきた学生 たちであり、海外における会計学の研究がほぼ実証会計学一色に塗りつぶされているのに、大いにショックを受けて帰ってくる。最 近でこそ行動ファイナンス(behavioral finance)とか実験会 計学(experimental accounting)といった新しい研究トピックが育ってきているが、過去四半世紀にわたり会計学研 究をリードしてきたのはまちがいなく実証会計学であったし、この意味で実証会計学こそ会計学の研究者にとってのメインロードだといえよう。

このような現状に照らすと、研究者を目指す学生たちがさっそく実証会計学の経験的検証(empirical test)に取り 組み、先行研究にならって経営者の裁量的会計行動 (discretionak accounting behavior)の証拠づけにチャレンジしは じめるのは、自然の成り行きといえよう。実証会計学の研究は、1990年以降においては発生 処理高(accruals)ないし発生高という概念を中心して展開されてきた [注]から、これらの学生たちのアプローチも、日本企業の発生処理高を調べてきて、コンピュータを回し、統計的な仮説・検証の手法によって裁量行動を裏づけようとするタイプがほとんどである。毎年、そうした先進的な試 みのかなりの論稿を目にする機会に恵まれるが、どれをみても汗の結晶であり、よくぞここまで自力で頑張ってくれたと、感服 せざるをえない。

[注]「発生処理高」とか「発生高」というのは"accruals"にあてられた日本語であるが、その意味と 内容は本論中でで詳しく説明される。本稿では"accruals"は、"discretional accruals"などの関連用語を含め、「発生処理高」に統一されているが、日本語文献では「発生高」と いう訳語も多く使われているので注意が必要である。

しかし、その内容をよく検討してみると、海外の先行研究に似ているのは形ばかりで、実証分析とか経験的検証というものからは、 ほど遠い中身になっていることが少なくない。苦労を重ね、身を削って仕上げているのに、惜しいことに、結果はその努力に見合うもの にはなっていない。なぜだろうとその原因に思いを巡らすが、いつも行きあたるのは、「教科書通りではない」という ごくありふれた答である。「我流」のローカルなやり方によっているから、標準から外れてしまう。

実証会計学といっても、その考え方はたえず発展しているから、「教科書通り」といっても、1組の標準的な分析手法が確立 されているわけではない。しかし、理論づけのプロセスにしても仮説の構築にしても、そのやり方は 科学哲学における論理実証主 義(logical positism)の教科書に書いてある通りである[注]し、サンプルの抽出 データの収集も統計学 の教科書通りにすすめられている。統計的手法の適用となると、統計学で開発されたオーソドックスな分析手法をそのまま援用している し、またそうであるから計量経済学(econometorics)のやり方そのものである。実証会計学の目標は、隣接諸科学における分析ツー ルを正しく吸収して、正しく適用することなのであり、実証会計学として何か特異な方法論によっているわけではない。 「教科書通り」というのは、社会科学の他の学問がそうであるように、ふつうのやり方で、ふつうにやるだけ のことである。

[注]実証会計学(opsitive accounting)における「実証」という用語は、科学哲学の論理実証主義(logical positism)からの借りものである。経験的検証という意味合いで「実証」という用語を使うこともあるが、仮説を実世界の経験的データによって証拠づけるという厳密な方法論こそ、論理実証主義の真髄にほかならない。

しかし、実証会計学の研究のすすめ方といった基本的なトピックについて、これから若手研究者と論戦をはじめて、最終的には同じ考え方 に辿り着こうというのは、夢物語でしかないであろう。こうした抽象的なテーマには終結点がないから、たとえ多大な時間とエネルギ ーを費やしたところで、取り留めのない議論がはてしなくつづくだけになりそうである。これからの研究の仕方を変えるといっても、何を、 どう変えればよいのかがはっきりしないから、実際には何も変わらず、それぞれの「我流」のやり方が、永遠に繰り返されるということに なりかねない。

そこで、この「実証会計学のてびき」では、抽象的な説明は止めて、次のような方針によって、ごく身近な実例を通じて、「研究のてびき」を示す ことにした。

1.具体的な研究トピックとして負債仮説を取り上げ、日本企業の実際のテータによって負債仮説を検証する。

2.仮説の検証は発生処理高によることし、実際に測定した日本企業の発生処理高によって負債仮説をテストする。

3.統計学の教科書に忠実に沿って、日本企業を対象にしたサンプルの抽出と会計データの収集を行い、統計量を実際に計算してみる。

4.クロスセクション・ジョーンズ・モデルを導入し、実際に重回帰モデルによって期待値を予測し、予測誤差を検定する。

5.研究推進上の弱点を補強するために、センシティビティ・テストを実施する。

以上の方針からも明らかなように、ここで試みようとしているのは、徒弟制度時代における職人養成のマネごとである。何をどうするか、下準備から仕上げまで、実際に「仕事」をやってみせながら、「仕事」を覚えさせようというのが狙いである。実証会計学のまったくの初心者でも、 「親方」のマネをしながらそれぞれの「仕事」を覚えていけば、必ず「教科書通り」の立派な実証研究ができあがる、というのが著者が秘かに描いている目論見にほかならない。実証研究に対してこれからチャレンジしようとしている読者諸賢に、この「研究のてびき」が少しでもお役に立つことができれば、 これにまさる喜びはない。

                           2009年9月13日

目次

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代表 岡部 孝好