実証会計学のてほどき

発生処理高による検証のすすめ方
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by 岡部 孝好

イントロダクション目次

Chapter 1 (Part 1)Chapter 1 (Part 2)Chapter 2Chapter 3Chapter 4Chapter 5Chapter 6

 測定誤差とセンシティビティ・テスト



6.1 発生処理高の測定誤差


 6.1.1 測定誤差の発生と対処

 経営者が公表会計数値を歪曲する裁量行動を、実際の会計データを使って科学的に証拠づけるのが実証会計学の狙いである。裁量行動を検出するためのこの分析ツールの1つが総発生処理高TACCであるから、会社の財務諸表から関連の会計数値を拾ってきてコンピュータに打ち込めば、それで実証研究は完了だと思えるかもしれない。たしかに、(1)式によれば、当期純利益NI から営業活動によるキャッシュフローCFOを差し引いた残余がTACCなのだから、NICFOという2つの数値さえあれば、後は、差額のTACCを統計処理することだけのようにみえる。しかし、先行研究を詳しくリビューしてみると、(1)式のTACCをそのままの形で使った実証研究は必ずしも期待通りのよい結果を生んでいない。(1)式のTACCは実証分析の出発点をなすものではあるが、それを原型どおりにリサーチ・デザインに取り込むと、測定誤差(measurement errors)が発生して、思わしい結果がえられないのである。

 測定誤差が発生するのかどうか、それがどれほど大きいかは、実証分析を実際にやってみなければわからないことである。実証分析の結果をみてはじめて発見されるのが測定誤差なのだから、 測定誤差への対処は後追い的な補正作業になりやすいし、また事実、事後的な対処になるのが大部分である。先行研究によって測定誤差の発生が事前にわかっているいるのであれば、先回りして、発生そのものを回避するのがたしかに賢明なことにちがいない。 分析結果が撹乱されるおそれがある場合には、リサーチ・デザインに事前に対応策を織り込んでおくと、無用の混乱に振り回されずにすむ。この考えからすれば、実際にサンプルを抽出する手順にすすむ前に、 測定誤差の問題を事前に検討しておくのが望ましいといえる。

 しかし、事前の対処をいかにこころがけても、測定誤差の問題が分析の途上で顕在化してくることも避けがたいことであるから、事後の対処も不可欠になってくる。そこで、ひと通りの分析を終了した後に、分析手順を最初から見直してみて、 どこに問題があったのかを検討し直すことになる。データを差し替える、統計処理方法を修正する、別の統計処理方法によって確認するなどの追加手順が必要になってくる。最悪の場合には、リサーチ・デザインから再構築しなければならないかも しれない。この章では、実証分析が思い通りにすすまず、予想外の結果になった場合における対処の方法を、センシティビティ分析を中心に、考えてみることにしよう。先行研究によって指摘されているTACCの測定誤差というのは、おおまかにいえば、@組織再編、A異常項目、B代替的な期待モデル、の3点にかかわっている。

 6.1.2 組織再編とサンプリング

 実証分析では最初にサンプリングが行われるが、その選定にあたりタイムスパンを長くしたり対象領域を拡大したりすると、特殊な事態が紛れ込み、非日常的な経営環境の影響を受けがちになる。M&Aによって2つ以上の会社が1つに統合されたり、事業分離によって1つの会社が2つ以上の会社に分割されたりするのが、その例である。これらの組織再編を実施した会社がサンプルに含められると、その会社の会計数値が他の年度とか他の会社の会計数値と比較できなくなって、実証分析が混乱することになる。組織再編にともなう経営環境の構造的な変化は、隣接の会計数値とのつながりを切断して、差分の解釈を困難にしてしまうのである。これが不連接性事象(non-articulation events)と呼ばれている困難な問題であり、TACCの実証分析では、この異常事態に起因する測定誤差をどのように回避するかという点が重要な課題になる。

 不連接性事象による測定誤差を避けるには、サンプリングにあたり、問題の会社を発見し、除外するというのが最も基本的な対応策になる。しかし、その除外の範囲を客観的に定めるのは、容易なことではない。厳密にいえば新製品の導入、生産ラインの増設、新工場の建設なども不連接性事象だといえるから、サンプルの抽出にあたっては、組織再編だけでなく大規模な設備投資などをも、除外するのかどうかが問題になる。しかし、環境変化に対応してたえず変革をすすめているのが会社の常態だとすれば、実証分析においてありとあらゆる不連接性事象を取り除くというのは、事実上不可能なことである。そこで、サンプルの選択にあたり重大な不連接性事象だけに限定して、サンプルから外すことになるが、その際にできるだけ恣意性の介入を避けるということがきわめて重要になってくる。

 6.1.3 異常項目と持続的項目

 キャッシュフロー計算書の作成では、有価証券や固定資産の売却損益だけでなく、減損損失、損害賠償損失など、非経常的項目が営業活動によるキャッシュフローCFOに算入される。損益計算書の特別損益区分に計上されるこれらの臨時巨額の項目は、その多くが実体的裁量行動(real discretion)の結果といえるから、これらの異常項目をあえて射程に取り入れるの、もたしかに大切なことかもしれない。しかし、これらの異常項目は非反復的な臨時項目の典型だから、統計処理を撹乱することが多く、特に極端な外れ値は、ごく少数でも統計数値の意味を大幅に損ねてしまう。実証的分析の狙いは、決算処理にあたる日常的な経営者の会計的手続きを分析することにあるのだから、この分析目的からすると、会計的裁量行動(accounting discretion)に的を絞って、減価償却費、評価損、引当金繰入額など日常的な会計処理項目にウェートをおくのが有益だといえる。

 発生処理高TACCによる裁量行動の分析には、クロスセクション分析とタイムシリーズ分析があるが、タイムシリーズ分析において特に重要になってくるのが、TACC持続性(persistence)である。非持続的な一時的項目は突発的な環境変化によるケースが多く、経営者の裁量行動への関連性が薄いとみられている。実証分析において異常項目がTACCの計算から除外されるのは、非持続的で、裁量行動に起因していないという理由によることも少なくない。

 TACCの異常項目が統計処理を撹乱するというのであれば、TACCの定義そのものを一部修正して、正常で、反復的項目だけを算入するということが現実的な課題に浮上してくる。この考えから提唱されているのが、運転資本発生処理高(working capital accruals)という概念である。運転資本発生処理高は、基本的には(1)式のTACCと同じ方法によって測定されるが、運転資本項目――流動資産・流動負債――にほぼその範囲が限定されている点に特徴がある。このため、有価証券や固定資産の売却損益だけでなく、減損損失とか損害賠償損失などもTACCから除外され、経常的な発生処理高だけにTACCの計算項目が絞り込まれることになる。

 しかし、このようにTACCの定義を部分的に修正し、正常で、反復的な項目だけを選別するとしても、どの項目を算入するかという点になると定説はなく、先行研究においても、この点にかんする考え方はまちまちである。TACCを再定義するとしても、その再定義の仕方は一様ではなく、多様な見方が存在するのである。

 6.1.4 代替的な期待モデル

 もともとTACCというのは、経営者の裁量的会計行動を検出するためのものだから、TACCの中に裁量的会計行動の影響が含まれていなければ意味がないし、また裁量的会計行動以外のことがTACCに多く混入されていれも役に立たない。この考えからすれば、裁量的会計行動に無関係なものがTACCの中に多く算入されればされるほど、測定誤差は大きいことになる。不連接性事象といい異常項目といい、これらが測定誤差に結び付けられるのは、裁量的会計行動とかかわりがないものはすべてゴミであり、このゴミが害になるという見方によっている。

 TACCと裁量的会計行動との結びつきをいっそう強めようとする場合には、TACCの中から裁量的会計行動に無関係なもの、つまり非裁量的発生処理高NACCを取り除いてしまおうとする。(2)式に示されているのがこの考え方であり、TACCからNACCを除外して、裁量的発生処理高DACCだけを残そうとする。この考え方によると、「汚れ」はすべてDACCに集約されているはずであり、測定誤差の問題にとかく思い悩む必要はないと思われがちである。

 しかし、果たしてTACCに、そしてさらにはDACCに、「汚れ」が集約されているのかと疑いだすと、疑問はなかなか拭いきれない。NACCの予測には、ジョーンズ・モデルなどの期待モデルが使われるが、その期待モデルというのは重回帰モデルによっており、売上高(正確には売上高の純増減)とか固定資産価額におうじてTACCが比例的に変化するという考えによっている。この考えにしたがうと、売上高の増減と固定資産価額に連動しないものはすべてDACCだとみなされてしまうが、それでよいのであろうか。ジョーンズ・モデルのようなごく単純な期待モデルによって、裁量的会計行動の結果がすべてDACCに集約されるというのは、根拠の薄弱な主張だと批判されているし、かといって他の代替的な期待モデルの方が裁量的会計行動をよりよく捉えているのかどうかも、はっきりしてないことである。いずれの期待モデルも測定誤差が含まれているとすれば、問題は測定誤差の大きさであるが、測定誤差の大きさを測定する方法はまだ見つかっていないのである。

 期待モデルにかかわるもっと重大な問題点は、NACCを推計するための回帰分析のデータとして、会社が公表した実際の会計数値を使っていることにある。実証会計学では、会社が公表する実際の会計数値はクリーンではなく、経営者の裁量行動によって「汚されている」とみなしている。それなのに、回帰モデルによってクリーンなNACCを予測するにあたっては、「汚された」会計数値を使って回帰係数を推計している。クリーンなNACCが「汚された」会計数値にもとづいて予測されるかぎり、予測値のNACCは不正確であり、測定誤差含みとなってしまう。

6.2 センシティビティ・テスト


 6.2.1 測定誤差への事後的対処

 不連接性事象とか異常項目による測定誤差の問題は、サンプリングの手順を工夫することによって、かなりの程度まで回避できる。 M&Aとか異常損益に直面した会社を注意深くサンプルから除外することによって、その後の統計処理の混乱を未然に防ぐことが可能なのである。 しかし、その際には、サンプルの抽出規準の設定にあたり恣意性の介入に十分な配慮をしないと、統計処理そのものが客観性を失うことになりかねない。この点で、サンプルの選択には、細心の配慮が必要である。

 他方、代替的発生処理高概念の採用と代替的な期待モデルの採用は、種々の工夫が試みられているものの、いまだに有力な対処の方法はみつかっていない。実際には次のような方法で、測定誤差の問題に対処していることが多い。

 @ 総発生処理高TACCについては、まず(1)式の定義通りに測定してみて、裁量的会計行動の仮説を検定する。しかし、このやり方では異常項目によって統計処理が撹乱されるおそれがあるので、統計処理の結果を検討したうえで、運転資本発生処理高による追加検定を実施する。その場合の運転資本発生処理高には、いくつかの代替的な概念が存在するので、統計量をみながら、適切な概念を採用する。

 A 期待モデルについてはいくつかの代替モデルが提案されている。しかし、先行研究を検討してみると、クロスセクション・ジョーンズ・モデルがすぐれているので、このモデルによるのが望ましい。ただし、その重回帰モデルの説明変数に改良の余地がありうるので、新しい説明変数を追加することも検討する。

 6.2.2 統計量の頑健性

外れ値(outlier)の処理

 外れ値とは、データ群の中心(平均値、メディアン)から大きく反れたデータを指すが、それを発見したなら、まず原因を究明しなければならない。単なる入力ミスとか、単位の誤解など、単純な原因によることもあるし、天災、事故、訴訟など、異常な出来事に由来することも考えられる。外れ値はその原因、金額の大きさなどによって取扱いが異なって括るから、十分な検討を経ないで、そのデータを除去してはならない(Moore and McCabe[1996], pp14-15)。

頑健性(robustness)

 統計的推論ではいくつかの前提が置かれているが、その前提がみたされていない場合でも確率計算が乱されないときに、統計手順に頑健性があるといわれる。たとえば平均の差のt検定では母集団の正規性(normality)が仮定されているのに、外れ値が存在すると、それは正規性の前提を満たさない。しかし、サンプル・サイズが十分に大きいと、外れ値の影響は薄れて、t検定に十分な頑健性があることがわかっている(Moore and McCabe[1996], pp509-510)。

トリム(trimming)というのは:

「正常なレンジ」を超える異常なデータが存在する場合、「正常なレンジ」の上限と下限を設定し、下限を下回るデータと上限を上回るデータとを除去する。外れ値を 取り外すことから、除去(removing)、切り捨て(cripping)などと呼ばれることもある。外れ値が除去されるために、分布の形状は正規分布に近似することになりやすいが、 除去されたデータがもっているかもしれない情報が完全に捨て去られる点で、問題も多い。

ウィンザリジング(winsorizing):「正常なレンジ」を超える異常なデータを「正常なレンジ」の上限と下限の中に押し込み、標準偏差を縮小することをいう。90%ウィンザリジングの場合、 分布の下端5%と上端5%を調整する必要があるので、たとえば順序づけられたデータが100本存在するときには、1番目から5番目までのデータを6番目のデータと差し替え、95番目から100番目ま でのデータを94番目のデータと差し替える。ウィンザリジングを行うと、分布の上下に存在する外れ値が「正常とみなされる値」に変換され、このために標準偏差が小さくなって、正規性の前提が 満たされやすくなる。

 重回帰分析に関連するその他の点検事項。

  (1)直線的関係に問題はないか。変数変換の必要はないのか。

(2)分散均一性は確保されているか。

  (3)説明変数の間の相関係数が大きく、独立性が侵されていないか。

≪執筆中≫


[おわり]



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