実証会計学のてほどき

発生処理高による検証のすすめ方
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by 岡部 孝好

イントロダクション目次

Chapter 1 (Part 1)Chapter 1 (Part 2)Chapter 2Chapter 3Chapter 4Chapter 5Chapter 6

 予測誤差としての裁量的発生処理高



5.1 基準化と標準測度


 5.1.1  平均偏差と標準偏差

 裁量的発生処理高DACC は、統計学的には、単なる予測誤差であり、期待値からのズレでしかない。OLSにもとづく回帰直線によっては説明がつかない非正常値であり、異常値(abnormal value)である。統計学では予測誤差はバラツキの1種として取り扱われているので、ここでは偏差と分散の考え方を復習する ことから、議論をはじめよう。

 いま1クラスの学生がn人であり、その英語の成績がxだとしよう。n個の観測値xi (i = 1,2,・・・,n)がある場合には、観測値xiをすべて合計して、合計Σxiを観測数nで割れば、平均値 が計算できる。ここで最初の観測値 xiに戻って、平均値(mean) からみたとき、それぞれのxiが平均値 からどれほど隔たっているかを計測してみることにする。平均値からの観測値の個々の隔たりの大きさは平均からの偏差(deviation)と呼ばれているが、xiの偏差diは次のように測定される。

 

        di =(xi - )                  (1)

 

 n個のdiを単純に合計すると、ゼロになり、diの平均値もゼロになってしまう。これでは意味をなさないので、通常は二乗して、偏差の二乗di2を合計する。そして、次のように、1つあたりに換算すると、分散(variance) s2というバラツキの統計量がえられる。なお、ここで分母をnとせず、(n*1)とするのは、分散s2上偏分散という望ましい統計量に補正するためである。

 

                       (2)

 

 分散は偏差の二乗にもとづいているので、平方根によって元に戻すと、標準偏差(standard deviation)になる。標準偏差はsで表される。

 

                            (3)

 

 5.1.2   標準測度とその性質

 いま平均からの偏差diを標準偏差sで割った値を標準測度(standardized measure)と呼び、ziで表す。もともとの観測値 xiにつき、そのバラツキが大きければ(小さければ)標準偏差sも大きい(小さい)から、平均からの偏差diを標準偏差sで割って標準測度ziに変換すると、観測値のバラツキの違いが消し去られ、一定の範囲内にその寸法が調整される。このことから、(4)の標準測度ziは、一般に標準得点とか、zスコア(z-score)ともいわれている。

 

                   (4)

 

 この標準測度には、次のような便利な性質が備わっている。

 ① 標準測度ziの平均値は、diの平均と同じで、ゼロである。

 ② 標準測度ziの分散は1、したがってその標準偏差も1である。

 ③ 観測値xiが正規分布N()にしたがうとき、その標準測度 ziは標準正規分布N(0,1)にしたがう。

 ④ 標準測度ziを変数変換し、ziをa倊し、bを加えた値 y=a zi +b に変えると、新しい変数yの平均はbに、分散はa2、標準偏差はaになる。xiが正規分布N()にしたがうとき、y=a zi + b は、正規分布N(b, a2)にしたがう。

 (注)受験戦争で悪用されている偏差値hは、標準測度ziにh=10 zi +50 という変数変換を施したものであり、平均点が50点、2σの範囲が39.2点の正規分布N(50,102)に変えられている。

5.2 予測残差の基準化

 5.2.1 発生処理高の予測値と残差

 さて、発生処理高(accruals)にもとづく実証会計学の経験的検証あたっては、Jones[1990]にしたがって、クロスセクション・モデルにより非裁量的発生処理高NACCを予測する。その重回帰モデル(添字省略)は、繰り返すと、次のようである。

 

     TACC = α0 + α1 ⊿REV + α2 PPE + ε           (5)

 

 この重回帰モデルではTACCを従属変数に、⊿REVとPPEの2つを説明変数にしている。誤差項はεとされているが、この誤差項εが相互に独立で、正規分布N(μ, σ2)にしたがうという前提が重要である。

 この回帰モデルの母数のパラメータα0、α1、α2、σに対応するサンプル推定量として、a0a1a2sがOLSによって計測されている。これらの回帰係数のサンプル推定量はそれぞれの産業における平均的反応を反映するから、従属変数TACCiの期待値を予測するのに利用できる。推定回帰係数がサンプルのp社とq社の特定値⊿REV*とPPE*に組み合わされると、次の予測値 が導かれる。

 

     = a0 + a1 ⊿REV* + a2 PPE*               (6)

 

 この予測値 は特定のサンプル企業の期待値であり、非裁量的発生処理高NACCiに等しいとみなされる(NACCi )。したがって、TACCiからこのNACCi(= )を控除した残余が、DACCiになる。このDACCi予測誤差uiと同じものだという点が、ここでは重要である。

 

     DACCi = TACCi -                    (7)

 5.2.2 予測誤差の標準測度

 クロスセクション・ジョーンズ・モデルによる場合には、以上の手順により期待値として予測値 が推計されているが、実際の観察値TACCiにこの予測値 を対比してみると、2つは食い違っている。実績値と予測値との間には残差 uiが生じている。なお実証会計学では、このuiは裁量的発生処理高DACCiと同じものと解釈されている。

 

      ui = DACCi = TACCi -                (8)

 

 母回帰モデルの(5)式においては、誤差項εiは、平均がゼロ、標準偏差がσとされ、独立な正規分布にしたがうと仮定されている。上の(8)式における残差uiは、母数のεiに対応するサンプル側の誤差であり、同じ仮定によっている。データ数がn個、説明変数の数がk個のとき、母分散σ2に対応するサンプル側の統計量として、次の(9)式により上偏推定量s2が計算されるが、このs2残差平均平方和とか残差分散と呼ばれ、一般にはSSE(Sum of Square for Error)と略称されている。この残差分散の平方根が、(10)式に示されている標準誤差sである。

  

                               (9)

                          (9)

                                 (10)

   

 残差uiはたとえばペア・サンプルのp社とq社についても、それぞれ1つづつ存在するが、いずれもp社とq社が属する産業全般の影響を強く受けている。クロスセクション・モデルでは、推定回帰係数a0a1a2が産業(推定ポートフォリオ)ごとに推計されており、その回帰直線からのズレが残差uiとして捉えられている。しかし、残差分散sj2とその標準誤差sjもまた産業ごとに集約されているから、これらの統計量には各産業のuiの一般的傾向が反映されており、産業全般にわたるsj2sjが大きい(小さい)場合には、p社とq社の個別のuiもまた大きく(小さく)なりやすい。サンプルのp社の残差をupと、またq社の残差を uqとすれば、これらは産業全体のsj2sjに、密接な対応関係をもっている。そこで、(11)のViのようにして、 upuqsjで割って、比率の形で2つを関連づける。この手順こそ基準化(standardize)にほかならない。

 

    Vi = ui / sj (i=p or i=q)                 (11)

 

 ここで残差uiの平均がゼロ、その標準偏差がσであり、さらに相互に独立な正規分布にしたがうと仮定すれば、Vi標準測度とまったく同じタイプの統計量であり、標準正規分布 N(0,1)にしたがうと考えることができる。産業jにおける各社の残差uiに大きなバラツキが生じていても、基準化に使われる産業jの標準偏差sjの値も 大きくなってくるから、分子と分母の対応関係によってその散らばりが消去され、同一サイズのバラツキに調整されることになる。サンプルの予測誤差upuqは、こうして標準正規分布N(0,1)にしたがう標準測度に変換される。

 5.2.3 2群の中心的傾向の比較

 マッチド・ペア方式で抽出された全体のサンプルには、P会社群とQ会社群の2つのグループがn組あるが、問題はこれら2群の予測誤差ui、つまり裁量的発生処理高DACCiについて、その中心的傾向(平均、メディアン)に有意な差があるかどうかである。この予測誤差の差を検定するにあたっては、基準化された標準測度による場合とよらない場合があるから、データとして、次の2種類があることになる。

 ① 基準化前の予測誤差ui

 ② 基準化後の予測誤差Vi

 マッチド・ペアによるとすれば、これらのいずれにおいてもP会社群とQ会社群とがあるので、ペアにされたサンプル数がn個の場合、データは次のように配列されることになる。

 

          非基準化測度        基準化測度

         P会社群 Q会社群     P会社群 Q会社群

    ケース1   up1   uq1       Vp1   Vq1

    ケース2   up2   uq2       Vp2   Vq2

    ・・・       ・・・            ・・・

    ケースn   upn   uqn       Vpn   Vqn

 

 2群の差の検定では、非基準化測度についても基準化測度についても、平均の差t検定によって、メディアンの差はウィルコクスン検定によって有意性が評価されることになる。

 ウィルコクスン検定はノンパラメトリック検定の1種であり、母数の分布について、特別な前提を置いていない。しかし、t検定はパラメトリック検定であり、データが正規分布にしたがっていることが前提になる。この点で、非基準化測度uiに対してt検定を適用する場合には、正規分布の仮定が満たされているかどうかがまず気になる。いま仮に非基準化測度uiが正規分布にしたがっているとしても、正規分布では平均の位置は特定されていないから、平均はプラスなのかもしれないしマイナスなのかもしれない。そこで、P会社群とQ会社群との間において、予想通りの方向に、十分な大きさだけ、平均のズレが生じているかどうかをt検定で検出することになる。

 これに対して基準化測度Viは、標準偏差sjによって寸法調整が施されており、uiが正規分布にしたがうとすれば、Viは標準正規分布にしたがう。標準正規分布にしたがうのであれば、Viの平均はゼロ、分散は1であることが事前にわかっているから、基準化測度の統計量を解釈するにあたっては、P会社群とQ会社群の比較において、ゼロの基準点からみて、プラスとマイナスのどちら側に、どれほど偏っているかをたしかめるだけでよい。


5.3 Z統計量による予測誤差の検定

 ペアになったサンプルでは比較の基準は明確であり、「正常な会社《とみなされているのはQ会社群である。「問題がある《として、調査のターゲットに選ばれているのはP会社群であるから、P会社群の統計量が、Q会社群の統計量に対比されることになる。しかし、マッチド・ペア方式によらない場合には、比較すべき基準がなく、いったい何に比べて、多いとか少ないとか判断するかが問題になってくる。このような場合に、便利なツールとなるのが、標準測度である。標準測度は標準偏差によって基準化されているから、一定の前提が満たされると、標準正規分布にしたがう。標準正規分布にしたがうのであれば、その平均はゼロとなるから、ゼロを基準にプラスなのかマイナスなのか、またその離れ具合がどの程度大きいかによって、多いか少ないかを判断することが可能となる。

 実証会計学では、最初から比較の基準を明示するような形で、リサーチ・デザインが構築されており、このためマッチド・ペア方式による例が多い。しかし、経営破綻、貸倒れ、財務制限条項違反など、特異なケースによりサンプルを拾った場合には、照合すべき相手のケースをどう選択するのがきわめて困難になる。それにもかかわらず、無理にペア・サンプルを組み合わせると、恣意性の混入によって統計処理そのものが、ダメージを受けることになりかねない。そこで、このような場合には、マッチド・ペア方式を断念する一方で、統計処理方法の方に改良を加えて、統計的推論の難点を逃れる試みがなされることがある。標準測度にもとづいてZ統計量(Z-statistics)を導き、このZ統計量によって有意性の検定を行うのも、そうした試みの1つである。

 いま残差uiは自由度(n-3)のt分布にしたがうことがわかっている。この前提のもとに、次の(12)式の統計量Zvを構成し、中心極限定理を援用すると、uiの間に相互に独立性がある場合には、 Zvが漸近的に標準正規分布にしたがうことが証明できるという。

 

               (12)

 ここで、Nはuiの個数であるから、全体のサンプル数に等しい。Tは産業jのポートフォリオに組み入れた会社数であり、産業別の重回帰分析に使われたサンプル数を意味している。

 この(12)式における分子は、標準化測度Viの総計であるから、中心は平均ゼロであるが、サンプルによりプラス側かマイナス側に偏ることが予想される。分母は分散の平方根になっているので、標準偏差に相当する統計量であり、非負である。予測誤差uiが、つまりViが平均的にゼロより大きい場合には、Zvがプラスの値になるが、その有意水準の評価にあたっては、 Zvが標準正規分布にしたがうという性質を利用する。たとえばViの母平均 がゼロより大きいという帰無仮説(H0: μ≧0)の場合、Zv統計量を標準正規分布の片側検定の限界値と照し合せて、たとえば10%の有意水準で、帰無仮説を棄却できるかどうかを評価する。

 (注)Zv統計量については、Jones[1990], DeFond and Jiambalvo[1994]に詳しい説明があるので、参照されたい。


[つづく] ⇒Chapter 6



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代表 岡部 孝好