実証会計学のてほどき

発生処理高による検証のすすめ方
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by 岡部 孝好

イントロダクション目次

Chapter 1 (Part 1)Chapter 1 (Part 2)Chapter 2Chapter 3Chapter 4Chapter 5Chapter 6

 会計データの収集と統計処理



 3.1 会計数値の入手と記述統計量

 2群のサンプルが抽出されると、さっそく120社(=60 × 2)の会計数値を入手する。表計算ソフトに会計数値を打ち込んで、まず財務指標に変換する。そして、P会社群とQ会社群に分けて統計処理を行い、 2つの記述統計量を比較する、というのがその手順である。収益性(ROI、ROEなど)、規模(資産合計、売上高など)、負債比率などの中心的傾向(平均、メディアン)に、2群の間に有意な差があるかどうかが関心の焦点である。これにあわせて、外れ値(outlier)がないかどうかを調べるのも、記述統計分析の重要な課題になる。

 このステップの統計処理目的のための会計数値は、EDINETなどの会社別検索とか、会社のホームページ上のIR情報によって1社ごとに紙ベースによって入手するというのが基本である。この方法は、対象会社120社(=60 × 2)の有価証券報告書をすべて閲覧して、いったん紙にコーピーした会計数値を手入力することにより、データ・ファイルを作成するのと同じである。磁気ベースの会計数値をデータベースから一挙にダウンロードするのも1つのやり方であるが、この方法による場合には、データベースを手当てしておかなければならない。「日経NEEDS《を使う場合には、「一般事業会社・本決算データ《というファイルにアクセスして、コンピュータによって直接に必要なデータを抽出する。いずれも、個別財務諸表の会計数値を抽出するが、成長率などを計算するのであれば、2年分の会計数値を準備することが必要になろう。

 サンプルとペア・サンプルの会計数値は、期首の資産合計で割って、基準化(standardization)をするのがふつうである[注]。そのうえで、財務制限条項が存在する会社と存在しない会社の会計数値を対比して、2群の会計数値に有意な差があるのがどうかを検定する。パラメトリック検定では平均の差の検定が、ノンパラメトリック検定ではメディアンの差についてウイルコクスン検定が実施されることになる。なお、検定による場合には、検定の対象となる変数が正規分布にしたがうことが前提にされているので、正規性(normality)を検定することによって、この前提が満たされているのかどうかを確認する手順が必須である[注]。

[注] 次のステップで回帰分析を実施するのが、その際には分散ふ均一性(heteroscedasticity)という難問に遭遇するおそれがある。基準化はその分散ふ均一性への事前対応の1つでもある。

[注] 正規性(normality)の検定によく使われるのは、Kolmogorov-Smirnov検定 と Shapiro-Wilk検定である。Kolmogorov-Smirnov 検定では、1 サンプルによる場合、1 変数について観測された累積分布関数と理論的な正規分布と比較し、Z値を計算する。このZ値 は、観測された累積分布関数と理論的な累積分布関数との間における最大差 を絶対値で測定しており、観測値が指定した分布から取られていると言えるかどうかを確率評価する。

 3.2 プロフィール統計量の解釈

 貸出しの意思決定において、貸し手は財務制限条項を付けるかどうかの選択をして、次にどのタイプの制限条項にするかを決める。財務制限条項のタイプが決まると、制限条項にどれほどの緩みをもたせるかを決めるのも、重要な意思決定である。これらの一連の意思決定に際しては借り手の会計数値が参照され、リスク評価が組み込まれられるから、財務制限条項には会計数値とリスク評価の違いが反映される。

 会計数値が貸し手のリスク評価に影響を与え、リスク評価が財務制限条項に影響を与えるのだとすれば、財務制限条項の存在会社と非存在会社の違いは会計数値の違いによって説明できるところが大きくなる。リスクが軽微な優良会社との取引では財務制限条項の必要性そのものが薄れるから、財務制限条項の非存在会社においては、収益性、流動性などの財務指標が健全になっている可能性が高い。しかし、貸付時にすでにリスクが高く、微量なリスクの追加でも深刻な事態が引き起こされかねない会社とか、貸付時のリスクは軽微でも、その後にリスクの急増が危惧される会社などでは、財務制限条項は必須になってくる。財務制限条項が必要なこれらの存在会社では、少なくとも貸付時点においては、財務指標は良好ではなかったと考えられる。

 財務制限条項の存在会社と非存在会社との間におけるこのような財務指標の差異は、記述統計量に明瞭に反映されることになろう。その中でも平均的な傾向(平均、メディアン)については2群の差を検定する手順が用意されているので、t 検定とウイルコクスン検定によって、2つの統計量の差の有意性を評価することが可能である。ただ、ここではマッチド・ペア方式によっているので、2群の間に規模の差は検出されないことになる。

 3.3 裁量行動の予備的検討

 財務制限条項の存在会社と非存在会社の2グループについては、統計処理が終わった段階で、当期純利益NI、営業活動によるキャッシュフローCFO、総発生処理高TACCの記述統計量が一覧表示され、t値などを付けて対比されている。これらの変数の値をみると、CFOの符号はおおむねプラスである(これがマイナスでは会社は存続が困難であろう)が、TACCの平均はマイナスになっているのがふつうである。しかもその値は、CFOを+100とした場合、TACCは*55程度であり、CFOの半分程度までNIが落ち込んでいることが多い[注]。

 問題は2群の間におけるTACC中心的傾向の差であるが、この第1ステップにおいては、有意な差が検出されていても、その差の解釈はいたって微妙である。この第1ステップではディアンジェロ・モデルによるほかはないが、このモデルによると、TACCはすべてが裁量的発生処理高DACCから構成されている(つまりTACC=DACCだ)とみなされる。この場合TACCがプラス側とマイナス側の両方に振れる可能性があるので、TACCの絶対値をとって、財務制限条項の存在会社と非存在会社を比べてみる(両側検定)とすると、TACCの絶対値の平均やメディアンは、存在会社の方が非存在会社よりも大きいことが予想される。財務制限条項の存在会社の方が裁量行動のインセンティブが強いと考えられるから、この強い動機に対応して、プラス側でもマイナス側でも、TACCの振れ具合が大きくなると考えられるからである。

 他方、財務制限条項の存在会社においては、利益増加型の裁量行動が引き起こされやすいとすれば、絶対値に引き戻す前のナマのTACCは、非存在会社に比べるとプラス側に偏りやすいであろう。全体的な趨勢においてはCFOはプラスになって いるし、またTACCはマイナスの値をもつのが一般的であるから、財務制限条項の存在会社と非存在会社との間でナマのTACCを比べた場合には、存在会社においては同じマイナスでもTACCの値が小さくなることが予想される。はたして、TACCの統計数値はこの傾向を証拠づけているであろうか。

[注]須田一幸他、『会計操作』(ダイヤモンド社、2007年)が紹介している先行研究では、TACCNIの絶対値の比は108%程度だとされているから、-55/45というこの概数はその先行研究と符合しているといえる。


[つづく] ⇒Chapter 4



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代表 岡部 孝好