実証会計学のてほどき

発生処理高による検証のすすめ方
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by 岡部 孝好

イントロダクション目次

Chapter 1 (Part 1)Chapter 1 (Part 2)Chapter 2Chapter 3Chapter 4Chapter 5Chapter 6

 裁量行動の検証と発生処理高(Part 2)


1.2 営業活動によるキャッシュフローの測定


 1.2.1 利益フローとキャッシュフロー

 実証会計学における経験的検証は総発生処理高TACCを通じて行われるが、このTACCという会計数値は財務諸表のどこにも表示されていない。そこで、(1)式にもとづいて、当期純利益NI営業活動によるキャッシュフローCFOという2つの会計数値から誘導することになるが、その際にNIと同じようにCFOのデータが簡単に手に入るかといえば、そうではない。NIのデータの方は損益計算書を通じて広く公開されているが、CFOのデータとなると、日本においてはその入手可能性に大きな制約がある。特に個別財務諸表ベースの場合には、この制約がはなはだしいといえる。そこで、この節では、CFOという会計数値をどのようにして計算するかを、説明することにしよう。

 会計が測定しよとするのは利益フロー(income flows)であるが、この利益フローは収益フローと費用フローの差額として捕捉される。収益フローも費用フローも発生基準(accrual basis)によって測定されており、「発生した」と認定された年度に帰属させている。ここに「発生した」というのは現金の遣り取りではないから、キャッシュフローとは異なってくる。利益フローは発生基準によるのに、キャッシュフローは現金基準(cash basis)によって測定されるから、2つは食い違うことになる。このため、利益フローを損益計算書において公開するだけでは不十分だとして、いまではキャッシュフローがキャッシュフロー計算書において開示されている。

 日本においては1998(平成10)年に、企業会計審議会により「連結キャッシュ・フロー計算書等の作成基準」が制定されたが、この会計基準の適用は2000(平成12)年3月期からであり、それまではキャッシュフロー計算書は公開されていない(ただしアメリカのFASBの会計基準による会社では1988以降から公開されている)。2000年以降でも、強制開示が要求されているのは連結ベースだけであり、個別ベースでの開示は強制されていない。唯一の例外は連結財務諸表の作成義務を免除されている会社であり、ごく少数ではあるが、これらの会社では2000年3月期から、個別ベースによるキャッシュフロー計算書の強制開示が行われている。したがって、日本企業についてTACCを用いて実証研究をすすめるときには、2000年以前においては連結ベースか個別ベースかにかかわりなく、また2000年以後においては個別ベースによる場合だけ、他の公表財務諸表からCFOを推計する方法によらねばならない。

 1.2.2 直接法と間接法

 キャッシュフロー計算書においては、1会計期間のキャッシュフローが、営業活動投資活動財務活動の3セクションに区分される。これら3つの中で投資活動と財務活動については、キャッシュフローの計算方法にも表示方法にも代替法は存在しないのに、営業活動によるキャッシュフローCFOについては、直接法(direct method)と間接法(indirect method)という2つの代替法が容認されている。いずれによってもCFOの金額は同じなのに、計算方法は大幅に異なっており、報告様式も違ってくる。会計基準はいずれでもよいとしている(GAAPでは一般に直接法が推奨されているが、実務上の使用例は間接法が多い)が、現金収支に関する内部資料なしには直接法は作成できないから、企業外部からCFOを推計する場合には間接法によらざるをえない。この間接法によるCFOの推計が、実をいえば簡単なことではないのである。

 TACCの計算にかかわってくるキャッシュフローは、営業活動によるキャッシュフローCFOである。間接法によってこのCFOの金額を明らかにする場合には、まず最初に、前期と当期の貸借対照表を比較して、各項目について純増減の金額を算出する。そして収益と費用、それに利益処分にかかわるいくつか金額について修正を加え、最終的に収入支出に分類して表示する。その作成手順を、次節でやや詳しく述べることにしよう。

 1.2.3 間接法による営業キャッシュフローの測定

 間接法によるキャッシュフロー計算書の作成方法について、その概要をまず記号によって説明しておこう。資産には、現金CSH(正確には現金及び現金同等物)、現金以外の流動資産CRA、固定資産FXAの3種がある(繰延資産はない)としよう。負債が流動負債CRLと固定負債FXLによって、また純資産が払込資本PDCと留保利益RTEによって構成されているとする。期首にも期末にも貸借対照表等式が成り立つから、比較貸借対照表においてそれぞれの差分凾求めると、次の(4)式が成立する。

 

   CSH +CRA +FXA = CRL +FXL +PDC +RTE        (4)

 

 ここで留保利益RTEが当期純利益NIによって増加し、現金配当CDVによって減少するとすれば、右辺第4項に示す留保利益の純増減RTENICDVの差に等しい。つまり、RTE=NICDVである。これを(4)式に代入して、次のように書き改める。

 

   CSH =NI − (CRACRL) − (FXAFXL) + (PDCCDV)   (5)

 

 左辺のCSH現金(及び現金同等物)の純増減であり、その増減の原因を明らかにするのがキャッシュフロー計算書である。上の(5)式の右辺には現金を増減させた原因が列記されているから、左辺のCSHをもたらすのが、@当期純利益NI、A運転資本の純増減(CRACRL)、B固定資産と固定負債の純増減(FXAFXL)、そしてC払込資本の増減と現金配当との差額(PDCCDV)であることがわかる。

 有価証券、設備、不動産などの売買は投資活動とされているし、資金の貸付けとその返済も投資活動に分類されているが、これらの投資活動によるキャッシュフローは(FXAFXL)に(特に固定資産の純増減FXAに)捉えられている。また資金の借入れとその返済、増減資と現金配当は財務活動とされているが、この財務活動によるキャッシュフローは、(FXAFXL)と(PDCCDV)という2つの項に集約されている。(5)式から投資活動と財務活動に関連するこれらの項目を取り除くと、当期純利益NIと運転資本の純増減(CRACRL)だけが残されるが、これら2項目こそ、営業活動によるキャッシュフローCFOの中核をなすものにほかならない。

 ここで運転資本 (CRACRL)は比較貸借対照表の流動項目の純増減を意味するが、その符号がプラスなのかマイナスなのかが重要になる。

 @ 流動資産の場合には、CRAが増加(プラス)の場合には支出とされ、NIから控除される。CRAが減少(マイナス)の場合だけが収入とみなされ、純利益NIに加算される。

 A 流動負債の場合には、CRLが増加(プラス)の場合だけが収入とみなされ、純利益NIに加算される。CRLが減少(マイナス)の場合には支出とされ、純利益NIから減算される。

 このようなプラスとマイナスの正反対の取扱いは、一般に負債の増加が「資金の入」、つまり「収入」を意味するのに、資産の増加は「資金の出」、つまり「支出」を意味することによるものである。

 1.2.4 キャッシュフロー計算書の様式

 間接法による場合の表示形式は、当期純利益(税引前)NIを最初に示し、このNIに流動資産と流動負債の純増減(CRACRL)を加減することによってCFOの純増減を導く。連結財務諸表のケースであるが、会計基準の雛型を示すと、次のようである。

連結キャッシュ・フロー計算書の標準様式(間接法)

[注] 連結キャッシュ・フロー計算書等の作成基準 注解7


 1.2.5 営業キャッシュフローの調整計算

 1.2.5.1 運転資本項目の分類替え

 実際にキャッシュフロー計算書を作成するとなると、営業活動区分に限定しても、さらにいくつかの追加調整が必要とされる。実際の貸借対照表では、資産と負債の分類は流動・固定区分によっていて、営業項目・非営業(投資と財務)区分にはよっていないので、まず分類の修正を行う。CFOの計算における関心の焦点は「営業活動」なのだから、流動資産については現金・預金そのものを除外しておくだけでなく、売買目的有価証券短期貸付金を投資活動区分へ組み替えなければならない。売買目的有価証券は、市場性があってもリスクが高いから、現金同等物には該当しない(実務指針2)し、資金の貸付けも投資活動に属する。また流動負債の中でも、借入金(T年内の長期借入金やT年内の社債を含む)とか、CPも財務活動区分への組替えが不可欠である。

 他方、長期前払費用、退職給付引当金などは貸借対照表では固定項目に分類されているが、これらは営業活動項目であるから、CFOの計算では運転資本(営業)項目に編入する。前払金・前受金、前払費用・未払費用、未収金・未払金についても、(1年基準の適用によって流動と固定の両方に跨って表示されている場合にはひと括りにして)営業項目への組入れが必要になる。

 実際の財務諸表では、どの活動区分に属するのかがはっきりしない項目がある。投資活動にも財務活動にも含まれない項目がある場合には、それらをすべて営業活動に収容することを原則としている(実務指針7)から、前渡金、営業保証金はもとよりとして、保険金収入、損害賠償金支出、退職金支出などの臨時的収支もCFO に編入する。

 1.2.5.2 非資金損益項目の戻入れ

 当期純利益NI は発生基準による金額であり、現金基準による金額ではない。このため、減価償却費、評価損、引当金繰入額など、支出をともなわない非資金費用(non-fund expense)――非現金費用(no-cash charge)ともいう――を当期純利益NIに戻し入れ(加算し)なければならない。発生基準によりNIに算入済みの非資金項目は、CFO の計算では足し戻されて、現金基準に変換される。

 @ 減価償却費は典型的な非資金費用であり、すべての金額を戻し入れる(加算する)。無形固定資産の償却費、繰延資産の償却費も、同様に戻し入れる。

 A 費用性引当金については、比較貸借対照表の純増減をたしかめ、増加額はNIに加算し、減少額は控除する(この取扱いは他の運転資本項目と同じである)。

 B 貸倒引当金は売上債権(受取手形と売掛金)から(直接法により)控除されていない場合にかぎり、費用性引当金と同じ処理する。貸倒引当金は「投資その他の資産」にも存在するから、これら2つを合算することが必要とされる。

 C 低価法評価損などの流動資産の評価損は、非資金費用である。しかし流動資産については、比較貸借対照表上の純増減を当期純利益に戻入れ(加減)するステップで、加減額の中に評価減の金額が算入済みになっている(評価減をしたあとの金額を戻し入れている)。それなのに評価損を改めて戻し入れると、ダブルカウントになるから、流動資産の評価損の戻入れは不要である。CFO の計算で戻入れの対象になるのは、営業活動にかかわりないもの(流動資産・流動負債の純増減に反映されていないもの)であり、営業債権の貸倒償却損、棚卸資産評価損などが、この非加算項目の典型となる(実務指針12)。しかし、固定資産の純増減は投資活動の区分に関するから、減損損失などの固定資産の評価減は、CFOの計算では、非資金費用として加算される。

 1.2.5.3 金融収益・費用の修正

 受取利息、受取配当金、支払利息など、営業外の金融収益と金融費用については、発生基準による金額がNIへ算入済みになっている。このため現金基準による金額に修正する手順が必要とされるが、その際には損益計算書の営業外損益の各項目の金額をいったんすべて戻し入れて、次に現金基準にもとづく金額をそっくりCFOに追加する。損害賠償損失などについても、同様の処理をする。

 1.2.5.4 固定資産の売却損益の戻入れ

 有価証券売却損益固定資産売却損益は、投資活動セクションにおいてその売却収入が総額で計上される。しかし、その総額の中で差損益に相当する金額だけは切り離され、特別損益(または営業外損益)としてNIに算入されている。そこで営業活動セクションでは、その損益相当額だけを特に純利益から除去する追加処理が必要とされる。まず売却損のケースでは、固定資産の帳簿価額(取得価額マイナス減価償却累計額)の方が売却収入より大きいから、資金の裏付けに欠けるこの売却損は非資金費用として取り扱われ、戻入れ(加算)の処理が行われる。他方、売却益相当額には資金的な裏付けがあるが、その収入総額は投資活動セクションで計上済みになっているので、ダブルカウントを避けるために、営業活動セクションにおいて売却益相当額をNIから控除する。有価証券とか不動産の売却益などについても、同様の処理が必要とされる。

 1.2.5.5 税金の修正

 間接法による場合、冒頭のNIでは税金が除外され、「税金等調整前当期純利益」から出発している。そこて、CFOの最終調整段階において、現金基準により法人税等の支払額を改めて追加的に差し引き、最終的なCFOの金額を税引後の金額に調整する。


[つづく] ⇒Chapter 2



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