◆配当性向のマジック――その1◆

 会計報告書はよく「会社の通信簿」といわれますが、新聞報道によると、持続的な不況を反映して、ことしも通信簿は「赤点」の会社が多いようです。わが国では、いま大半の会社が業績不振にあえいでいるのです。

 会社の苦境は会計報告書のうえに出てきますが、その苦境にもいろいろあって、「苦しい」といっても、それには大きな「程度の差」があります。その現れの1つが現金配当(cash dividend)で、株主に対して昨年と同様の現金配当を払えるかどうかが1つの分かれ目になります。昨年と同様の現金配当ができないとなると減配(dividend cut:配当を前期の水準より減額すること)に、あるいは無配(dividend omission:配当を取り止めること)になってしまいます。

 売上(収益)より費用が大きいと、たしかに損益計算書の帳尻は「赤字決算」(当期純損失)になります。しかし、以前に稼いだ「留保利益」(retained earnings)が潤沢にある会社では、当期の損失を埋めて、なお留保利益に残りがでることになります。この残りの留保利益は、そのごは現金配当に使えますので、赤字決算でも、ただちに減配とか無配になるわけではありません。過去の「蓄え」を食いつぶすことによって、とうざを凌げばよいのです。事実、赤字決算なのに、現金配当をつづけている会社がかなりあります。

 当期に稼いだ利益を「当期純利益」といいますが、この当期純利益の中からどれほどが現金配当に回されたかを示す指標として「配当性向」(pay-out ratio)がよく利用されます。当期純利益が100億円で、現金配当が40億円なら、配当性向は40%となります。当期利益が50億円に下がったのに、現金配当を例年通りに40億円支払うとしますと、配当性向は80%に急上昇します。無配のときには、分子がゼロになって、配当性向もゼロに落ちますから、当期純利益を基準にしますと、配当性向は0%から100%の間にあるのがふつうといえそうです。

 ところが、当期の決算は黒字といっても、当期純利益だけでは現金配当をまかないきれず、過年度からの留保利益を吐き出して、現金配当を支払う会社がありますので、配当性向は100%以内にはおさまらない場合がでてきます。過去の蓄えを吐き出して配当する会社についてその配当性向を計算してみると、分母(当期純利益)よりも分子(現金配当)が大きくなりますから、配当性向は100%を上回ってしまいます。これが「配当性向100%超」といわれている会社です。

 配当性向が100%を超えていても、決算が黒字で、ともかく配当を支払えるというのは幸運な会社といえます。なかには決算は赤字なのに、過去の留保利益を取り崩して、むりに現金配当をつづける会社がありますが、このように、赤字決算なのに配当をつづけている会社を「赤字有配会社」といいます。この赤字有配会社では、分子(現金配当)はプラスですが、分母(当期純損失)がマイナスですので、配当性向はマイナスになってしまいます。

 さらに状況が悪化しますと配当が支払えなくなって、無配に「転落する」(新聞用語でこう表現する)ことになりますが、この場合には分子がゼロですので、分母がプラス(黒字)かマイナス(赤字)かにかかわりなく、配当性向はゼロと計算されます。

 このようにみますと、配当性向というのはマジカルな数字であることは明らかです。

(1) 当期純利益が大きくて、その中のごく一部が現金配当に回る会社は、健全な会社ですが、配当性向が低くなりますし、当期純利益を超えるような現金配当を支払う会社は、不健全ですが、配当性向は100%を超える大きな数字になります。したがって、配当性向は100%以下の小さな数字が好ましく、配当性向は小さければ小さいほどよいようにみえます。しかし、配当性向がゼロまで下がると、これは無配を意味しており、状況は厳しいといえます。配当性向がゼロ(無配)よりも、配当性向が100%以上の方がはるかに好ましく、100%以上よりも100%以下の方が好ましいのです。

(2) 配当性向がマイナスというのは「赤字有配会社」です。この赤字有配会社は、赤字でも現金配当をつづけている点で、無配会社よりも状況は恵まれているといえます。無配会社は配当性向がゼロですが、配当性向が0%のこの無配会社よりも、配当性向がマイナスの会社の方がが好ましいのです。

(3) 「よりよい状態」を表すのに「<」という記号をよく使いますが、この記号によってまとめますと、つぎのようにいえます。

  配当性向0%の会社 < 配当性向がマイナスの会社 <

  配当性向が100%以上の会社 < 配当性向が100%以下の会社

これをすなおに読むと、「ゼロがマイナスより大きく、マイナスより100以上が大きく、100以上より100以下が大きい」となりますが、このような順序関係は、明らかに算数では通用しないものです。


◆配当性向のマジック――その2◆

 さて、次に、配当性向のマジックの実例を示すことにします。全国証券取引所協議会(わが国にある8証券取引所の連合団体)では、毎年、上場会社の配当状況を集計して、その結果を公表しています。次の表はその一部です(東京証券取引所、証券統計年報、1997年、174-175頁)。

上場会社の配当状況

(a)

(b)

(c)

(d)

(e)

(f)

年度

配当性向

100%未満

100%超

赤字有配

 無配

1990

30.30

90.6%

2.1%

0.7%

6.7%

1991

38.06

83.9

5.0

3.3

7.7

1992

58.18

82.0

9.7

5.9

12.3

1993

66.27

67.2

11.1

5.2

16.4

1994

82.91

67.5

9.7

5.5

17.2

1995

-.-

70.5

8.5

4.8

16.3

1996

60.84

74.2

7.0

4.1

14.7

 1990年はバブルのときですから、分母の当期純利益が大きく、上場会社の配当性向は平均すると30.30%という低い水準にありました。しかし、その後不況になって、配当性向はしだいに高くなり、1994年には82.91%に達しました。これはもちろん現金配当が増えたのではなく、分母の当期純利益が減少したことによっています。問題は1995年ですが、この年の平均配当性向は、この統計では空白になっています。この1995年には、この表の中の関連する数字を検討してみても、100%超の会社とか、赤字有配会社が特に増えているようにはみえません。100%に近い数字になりそうなのに、なぜ統計が欠落しているのか気になります。

 そこで、関係数字を調べてみると、上場会社の支払配当金総額は2,848,070百万円、当期純利益総額は▲667,499百万円となっています。配当性向を求めるために電卓を叩いてみますと、実に▲426.68%という信じられない数字がでてきます。配当性向のマジックで、1995年にはあちこちで巨額の損失がでたために、上場会社全体でみた場合に、配当性向は前年の82.91%から▲426.68%へと急転したのです。