A Message from Webmaster

 to New Version(May 10, 2008)




2008年05月版へのメッセージ


OBE Accounting Research Lab



Back Numbers [1995年10月 ラボ開設のご挨拶][ Webmasterからのメッセージのバックナンバー]


◆風薫る葵祭りのころ◆

 風薫る皐月になりましたが、みなさま、ご機嫌いかがで しょうか。 ここ京都では、北山の峰々も東山の峰々も、すっかり萌黄色(昔のお姫さまの十二ひとえはこのもえぎ色 だったのでしょうか)に衣替えをすませており、新緑がまぶしく輝いています。その新緑の京の街では、 葵祭りを迎えています。御所を出立した平安調の行列は、河原町をしずしずと北に進み、下鴨神社から 上鴨神社の方に向かっていました。(写真は、昼食時に、出町柳の交差点でちょうど 出くわしたときのものです。2008年5月15日撮影。)

  

 京の都は花の名所が多く、土日に阪急河原町まで出てきても行き先 に困るようなことはありませんが、どこもかしこも人の大群で、待ちばかりです。重いカメラを提げてきても、人がジャマで、 花に向けてシャッターを切るチャンスなぞあったものではありません。ことしは韓国からの観光客が格別に多いらし く、観光スポットだけでなく、レストランにもホテルのロビーにも、韓国語が充満しています。観光バスが詰め掛ける この春の光景は、神戸でも大阪でも、あまり馴染みのなかったものです。三都物語りとはいっても、京の春はどこかひと味違っているようです。

◆新登場の業績連動型貸付契約◆

 かなり前から業績連動型経営報酬というのが注目を集めており、上級 経営者の給与と賞与を会社の業績に比例させるという報酬支給制度が大流行になっています。この制度は上級経営者 (社長、役員クラス)から中級管理者(部課長クラス)へと拡がりをみせ、下級管理者(係長クラス、主任クラス)か らヒラにまで浸透してきています。(下は満開のジャスミンの花。この香りをお届けできないの が残念なことです。2008年5月6日に撮影)

 業績連動型の経営報酬では、何によって「業績」を測るかが重要ですが、 業績の測り方には、大きく分けて2つがあります。第一は市場の業績指標であり、株価が上昇したら業績が上がり、株価 が下がったら業績が下がると考えるのが典型です。このほかマーケット・シェア(1つの製品分野において会社の製品が占拠している比率)を業績とする場合も多く、このケースでは市場占有率が高くなると業績が上がったと解釈されます。製品別のマーケット・シェアを細かく跡づけながら、パーセントとか順位によって、製品の製造に責任を負う事業部長の業績を決めるのもかなり一般的なやり方です。

 業績連動型の経営報酬制度において、もう1つの典型的な業績指標とされ ているのは、いうまでもなく会計数値です。会社の業績といえば、「当期純利益」、「1株当たり利益」といった会計数値を 指すのがふつうですが、「経常利益」とか「営業利益」のような、損益計算書の上の方の会計数値を使うこ ともあります。売上高というトップラインの収益数値を使う例もありますし、アメリカでは、「利子、税金、償却 費控除前の純利益」といった「プロフォーマ利益」が広く使われています。

 会計利益数値をベースにする業績連動型経営報酬については、会計学に おいてもかなり研究が進んでいますが、国内外ともに、その形が定型化されていることがわかっています。会計利益数値 に比例して報酬が増加するという点はまちがいない共通点ですが、下限と上限が設定されていて、会計利益が少なくとも下 限に達しないと、報酬の増加が始まりませんし、会計利益が増えるとしても、上限で頭打ちとされており、青天井でかぎ りなく報酬が増えつづけることはないのです。そこで、下限と上限がどこに設定されているか、下限と上限に挟まれた区 間においてどれほど急激に報酬が連動するかが関心の焦点になりますが、この3つのポイントは各会社に おいて違っていて、この違いこそその会社の特色をなしているわけです。下限が低く、上限が高い場合に おいて、その両端に挟まれた区間で報酬が急激に変化するとなると、会社の業績の変化が経営報酬に大きな インパクトを与えることになりますので、インセンティブ、つまりやる気に強烈な影響を及ぼすことになります。

 さて、ここ数年の間に、アメリカに拡がってきているのが業績連動型貸付契約(performance pricing)ですが、この業績連動型貸付契約は業績連動型経営報酬の応用版であり、資金の貸出条件が、貸付期間中の借り手の業績によって変化します。典型的には貸付金利が借り手の業績にリンクされており、業績が上がれば金利が下がり、業績が下がれば金利が上がります。ここにいう「業績」は、もちろん会計数値によって表現されているもので、どれが業績にあたるかは、借り手と貸し手の間において、貸出しのときに、そのつど個別に取り決められます。

 資金の借り手のリスクはその借り手の業績と深い関係にあり、通常は逆相関(一方が上がると他方が下がる というアベコベの関係)しています。業績がよくなるとリスクが下がりますが、業績が下がるとリスクが高くなるのです。この借り手のリスクと業績との関連性を考慮しますと、業績連動型貸付契約というのはきわめて合理的なもので、理論的に筋が通っているといえます。貸付けの途上において借り手の業績が向上してくると、これに応じて貸倒れの危険(ディフォルトのリスク)が軽減されますので、貸出けの金利を引き下げるわけです。この引下げの大きさは貸出時に取り決めた事前の約束にもとづいて自動的に決められますので、リスクの変化と利子率の変化とが機械的に結び付けられます。

 借受けの金利が借り手の会計数値に連動して動きますと、借り手は業績の引上げに強く動機づけられ、会計数値の改善に努力を傾注します。少なくとも、会計数値が悪化するのは、防がなければなりません。これは、会社の業績改善に向けて、貸付契約が経営者(と従業員)の尻を叩いていることを意味しますから、効果という点では、業績連動型の報酬制度と同じです。

 経営者(と従業員)の努力が功を奏して、会社の会計数値が向上すれば、結果は「めでたしめでたし」となります。会計数値が向上 すると、会社の業績が改善されたみなされ、金利が下がるのです。金利が下がれば、コス トが節約されますので、次の期には会計数値が、したがった業績がさらによくなり、この結果として、金利がいっそう下がってきます。よい循環が始まって、会社は空高く舞い上がることになりそうです。

 しかし、歯車が逆に回転しはじめると、 悲惨な結果になりかねません。会社の会計数値が悪化すると、金利が上昇しますし、金利が上昇すると、コスト負担が増加して、会計数値がさらに下がり、これが金利を引き上げることになります。経営報酬制度では、下限と上限が設定されていますが、業績連動型貸付契約で は、この上下限が明確でないことが多いのです。この点で、業績連動型貸付契約は、その 仕組みを改善する余地が大きいといえます。

 業績連動型貸付契約のもう1つの難点は、会計不正を刺激するということです。金利などの貸付条件が会計数値に連動して厳しく 動きますと、会計数値をごまかして、不利な結果を避けようとする裁量行動が引き起こされがちになります。このため、業績連動型貸付契約は、成果主義の報酬制度と同じで、機会主義的行動の温床となるおそれがあります。機会主義的行動というのはウソをつくということ ですが、ウソをつかせない仕組みを作るのは容易なことではないのです。

◆新装の工事契約会計◆

 現行の企業会計原則の注解7には「工事収益について」という規定があって、これにより例外的に工事進行基準と工事完成基準の選択適用が認められていました。この注解7は簡潔な文言ではありましたが、適用の範囲は広く、土木・建築工事だけでなく、造船、プラント建造、重機製造、電気工事などにもこの規定が適用され、通常の実現原則(販売基準)によらずに、工事進行基準か工事完成基準のいずれかが選択適用できるとされてきました。また、ソフトウェアの受注制作にもこの規定が準用され、特注ものの大掛かりな受注ソフトの会計処理は、そのほとんどが工事進行基準によっていました。

 この長期請負契約に関する旧規定に代わって、「工事契約」という新会計基準が2007年12月に制定され ました。企業会計基準委員会、企業会計基準第15号、「工事契約に関する会計基準」(平成19年12月27日)がそれです。なおソフトウェアの会計に対してもこの工事契約会計が適用されますから、企業会計審議会、「研究開発費等に係る会計基準」(平成10年3月)、および会計基準委員会、実務対応報告書第17号、「ソフトウェア取引の収益の会計処理に関する実務上の取扱い」もこれにあわせて適用されます。

 旧会計基準には、次のような問題点があると指摘されていました。

(1)「長期請負契約」という取引を指定して、工事進行基準という例外的な会計処理方法の適用を許容してきましたが、「長期」も、「請負契約」も、内容が限定されておらず、拡大解釈の余地がありました。

(2)工事進行基準と工事完成基準のいずれかを選択できるとして、会社側の選択に全面的に委ねていましたが、その選択の規準を指定していなかったために、実際の選択は会社によってばらばらなっていて、会社間における会計数値の比較が困難になっていました。

(3)収益(および純利益)の認識時点を繰り上げる目的で、工事進行基準を裁量的に選択する例が多数ありました。また他方で、 税回避の動機が強い会社においては、収益(および純利益)の認識時点を繰り下げる目的で、工事完成基準を選択し、 これに併せて工事の完成時点を意図的に繰り下げる例もありました。(下はライラックの花。歌や俳句ではリラと呼ばれて親しまれている。)

 新基準の概要を示すとすれば、次のような内容となっています。

(1)新基準においても、選択の範囲は工事進行基準と工事完成基準だけであり、工事契約の会計では会社側の選択により、いずれかを選択します。 しかし、いずれを選択するのも自由というわけではなく、選択の規準が示されており、指定要件に該当する場合には工事進行基準を、他の場合には 工事完成基準を選択することが強制されます。工事契約の会計における原則的な会計方法は工事進行基準であり、工事完成基準は例外的で、補助的 な会計方法になっています。

(2)工事進行基準の適用が要求される一定の要件とは、工事の「進捗部分について成果の確実性」が認められるということであり、成果の確実性は、 工事収益総額、工事原価総額、および工事進捗度の3つが、信頼性をもって見積可能であることを指すとしています(9項)。

(3)信頼性をもって見積可能だということの前提は、@工事の完成見込みが確実であり、A工事対価の(支払いの)定めがあるということだとされています(10、11項)。

(4)工事進行基準が適用される一定の要件に、工期の長短期はかかわりがないし(52項)、工事契約の規模(金額)も無関係です。工事対価の回収可能性が確実だということは重要な要件ですが、延払い、分割払いなど、対価の回収方法の違いにも工事進行基準の適用は直接のかかわっていないとされています(45項参照)。

 新基準についてコメントすれば、次のような点が指摘できます。

(1)工事の完成見込みが危ういという状況は異例でしょうから、工事進行基準の採用にあたっては、工事進捗部分について対価の支払いが確実だという条件がカギになっています。この点との関連で、「成果の確実性」が認められるという要件は、工事対価の回収が確実だということと密接にかかわっていると考えられます(39、45、59項参照)。工事進行基準の適用すれば未収金が認識されますが、法的な確定債権ではないとしても、それは金銭債権として回収されるものでなければならないということです。

(2)工事契約には競争入札など、受注手順がともなうし、この受注手順の中には工事原価の積算が含まれます。また、高額になりがちな工事契約の締結にあたっては、対価の支払計画が綿密に検討されるのがふつうですから、工事の途上において対価の回収可能性に疑念が生ずるのは、きわめて例外的な事態です。これらの点からして、通常の工事契約にあっては、工事収益総額、工事原価総額、および工事進捗度の3つは、工事途上のいかなる時点にあっても、信頼性をもって見積可能であろうし、またその工事対価も回収可能なものとみなしてよいことになります。とすれば、大部分の工事契約に対しては工事進行基準の適用が必要となり、工事完成基準を適用する事例はきわめて少なくなります。新基準では工事進行基準が原則的な会計方法になるとされていますが、それは、工事完成基準の適用の余地が狭められていることによっています。

(3)工事進行基準を適用する際に最も重要な要件となっているのは、実質的には、対価の回収可能性ですが、 文言のうえでは「信頼性をもって見積可能」という表現が突出しています。この表現を単純に解釈すれば、 「金額の見積りが信頼できる段階になれば収益を認識してよい」ということになりかねず、誤解が生じるおそれがあります。金額をしっかりと見積もれるということはたしかに大事なことですが、それさえできればよいというようなものではないのです。認識する収益が存在するのかどうかの判断が先であって、もし収益が存在するとすれば、その次に金額を見積るというステップにすすむはずです。

(4)新基準がもしも資産・負債アプローチによっていたなら、工事契約の締結時に、成約基準によって何パーセントかの収益を認識する可能性が あったと考えられます。資産・負債アプローチによれば、収益の対価としての新資産が流入したことの結果として資産が増加していれば(あるいは 負債が他人に移転した結果として減少していれば)、その流入時点において収益が認識されるはずです。工事契約の締結時点において、慣行通りに 数パーセントの手付金が支払われるとすると、この手付金が資産の増加と解釈されて、収益の認識に結びつく可能性があったのです。しかし、新基準においてはこのような契約締結(前受金受取)時点における収益の認識は許容されていませんので、工事進行基準といっても、従来の考え方を大幅に変えるものではないようです(工事進捗率の計測の仕方が従来のような原価ベースだけではなくなりましたが)。工事契約会計基準は資産・負債アプローチというよりも、旧来の収益・費用アプローチによっていますので、稼得と実現のプロセスが依然として重要になってきます。つまり、収益稼得の一連のプロセスにおいて、どれかの事象を特に選んで、収益(と対応する原価)を認識しようとするものですので、この点において、工事契約の新会計基準は伝統的なフレームワークによるものといえます。

 なお、工事契約についての新会計基準は国際的コンバーゼンスの一環として制定されたものですので、専門的にこの基準を研究する場合には、次の国際会計基準と比較する必要があります。

IASC, International Accounting Standards, No.11,Construction Contracts,(December 1993). 企業会計基準委員会訳、国際会計基準第11号、「工事契約」、国際会計基準審議会、『国際財務報告基準(IFRSs)』(レクシスネクシス・ジャパン(株),2007年)所収。

IASC, International Accounting Standards, No.18,Revenue,(December 1993). 企業会計基準委員会訳、国際会計基準第18号、「収益」、国際会計基準審議会、『国際財務報告基準(IFRSs)』(レクシスネクシス・ジャパン(株)、2007年)所収。

◆物価狂乱を控えての後入先出法の廃止◆

 石油、石炭、ウランなどのエネルギー関係資源の価格が高騰してきていますが、これに歩調を合わせて、トウモロコシ、麦、大豆、米などの穀物の相場が騰貴しはじめています。鉄鋼、乳製品、紙などにも値上げの嵐は拡がってきていますので、ここ1年先までには、生活物資が大幅に高くなり、物価問題が最優先の課題として浮上してくるのは、確実なことです。

 物価騰貴に対処する会計システムには多数のものがありますが、その中で最も身近なものは 「後入先出法」(あといれさきだしほう)です。 英語では、Last-in Fist-outといわれ、LIFO(ライホ)と略称されています。棚卸資産、つまり売り物の製商品だけに適用される会計方法です。

 物価が傾向的に上昇する場合には、 商品(製品)の仕入価格(単価)はだんだんと高騰し、後から仕入れたもの価格が前 に仕入れたもの価格より高くなります。後入先出法は、後から仕入れた高い商品が先に 売れたとみなす会計処理方法ですから、販売商品の元値(売上原価)が膨らみ、利幅 (粗マージン)を圧迫します。つまり、後入先出法によると、物価騰貴時には、高い 原価の商品を先に売ったと処理して、費用を増やし、利益を減らします。日本企業に おいては、平均的にみて粗利益率は15%程度ですから、それが3ー5%も下がって、大会社では数100億円も利益が少なく表示される場合がでてきます。

 物価騰貴時には、仕入価格の上昇と販売価格の引上げとが追いかけっこをしていて、 時間のズレをともないながら、両方が上方に向かって急激に動いていきます。2007年から2008年にかけてのガソリンの値動きが、その よい例です。この状況において、先入先出法(後入先出法とは逆の流れを想定)によると、高い売値に対して、古い、安い仕入値が割 り当てられますので、利幅(粗マージン)が大きくなり、大儲けしている印象を受けます。しかし、この大きな利益は物価騰貴による 水膨れによるものが大部分で、一種のバブルです。事実、商品を販売した後に在庫を補充しようとすると、仕入値が高騰してきいるた めに、補充ができないということになりがちです。この状況において、後入先出法によると、水膨れが圧縮され、次の仕入れに難渋す るといった事態が避けられるのです。後入先出法の場合には、新しい、高い仕入価格が真っ先に(販売されて)費用とされますので、商 品を販売した時にには、最新の高い原価で投資を回収し、この回収した資金によって、次の高い価格の仕入れをすることが可能になるの です。

 1930年代後半といえば第二次世界大戦前のころです。このころ石油産業というのは新 興産業でししたが、急激な物価変動に悩んでいたこの石油産業では、基礎有高法(恒常有高法ともいう)という新しい会計方法を考案し、 物価変動の影響を減殺しようと試みました。しかし、この基礎有高法は、ごく一部ではありますが、時価評価法を利用しますので、取得 原価基準によるオーソドックススな会計方法には属さないとして、一般に認められた会計原則(GAAP)から排除されてしまいました。後入 先出法というのは基礎有高法の変種の1つといえますので、この方法の採用も多くの議論を呼び、特に税務上の正当な会計方法として認 められるかどうかについては、長い間、法廷で争われるという事態となりました。1940年代になってやっと決着がつき、後入先出法は、 裁判所の判決によって、時価評価法をまったく使わない取得原価会計の1方法と認定され、GAAPの範囲内にある会計方法として認められ たのです。それ以来、後入先出法は世界中の各国において、製商品の払出原価を決定する方法として、広く使われてきました。(未完)

 

◆2007年度の公認会計士試験の結果◆

 昨年度の公認会計士2次試験の結果が発表されています。大幅なインフレという声も聞こえてきますが、全体をみると、 たしかに合格者も合格率も著しく増えています。しかし、出身大学別の順位となると、例年とさして違わないという気もします。

 合格者数(カッコ内は2006年度の数値)

 願書提出数   20,926 人(15,322人)

 短答式合格者数 6,320  ( 3,510 )

 最終合格者数  2,695  ( 1,308 )

 合格率     14.8%  ( 8.5%  )

出身大学別合格者数(カッコ内は2006年度の人数)

 慶応大学  411 (224)

 早稲田大学 293 (146)

 中央大学  150 ( 64)

 神戸大学  105 ( 38)

 明治大学  105 ( 55)

 同志社大学 102 ( 49)

 東京大学  99 ( 73)

 一橋大学  94 ( 69)

 京都大学  73

 立命館大学 71

    計  1,401

資料提供 大原簿記専門学校神戸校

 

◆資産除去債務の会計(再)◆

 「資産除去債務」 というのは、会計学にとっての新しい用語です。原子力発電所などの発電設備は、核燃料の使用によって汚染されます。このため、将来に発電設備を廃棄する となると、巨額の撤去費用を負担しなければならないことになります。解体・撤去にともなって発生するこのマイナスのキャッシュフローが、固定資産の除去費用ですが、将来にこの除去費用を支払う義務があるとすれば、それは現時点でも負債になっているのではないかということから、資産除去「債務」ということばが生まれました。

 原子力発電設備の耐用年数は60年というはなしですので、建設時からすれば、除去費用が発生するのは遠い将来のことです。廃棄時の60年先に、どういう工事をして、だれに、いつ、いくら支払うのかは まったく見当もつかないことですが、環境汚染者がその修復義務を負うという考え はいまや常識化してきています。そこで、この「常識」にしたがうとすれば、環境修復費用を負担する電力会社が、資産除去債務を負っていることになります。

 環境修復義務を免れえないとするかぎり、環境汚染者が資産除去債務を負うということに、あまり異論はないようです。特に環境修復義務を定めた法律、条例などが制定されている場合にこのことがいえ、法律上の修復義務があるのに、この義務を怠るというのは法律違反を認めることになってしまいます。法律や条令がなくとも、土地の原所有者とか周辺住民との間に環境修復契約が締結されている場合も同じで、資産除去債務を負っているといえます。

 資産除去債務のむつかしい問題は、 その債務が「いつ発生したのか」という発生時点の特定です。原子力発電所が使用を停止し、解体・撤去を待っている状態であれば、発電装置の除去は差し迫っています。そのままの状態で放置しておくことも許されないとすれば、すぐにでも除去の基本計画を策定し、予算と要員を割り当て、施工業者を選定することが必要になります。3年計画であろうが5年計画であろうが、ともかく解体・撤去の段取りが組み上がると、資産除去債務の内容が明確になり、およそであれ、債務の金額がはっきりしてきます。つまり、解体・撤去のステップに達すると、資産除去債務が発生していること に疑いの余地はないのです(下はミヤマキリシマ。九州にて、2008年5月撮影。)

 こうして原子力発電装置の解体・撤去の基本計画が確定し、そのキャッシュ・アウトフローが積算されているとしても、工事はこれからのことですので、施工業者への支払金額はまだ予定の域を出ていません。この段階においては、資産除去債務の金額は明確になっていますが、それは法律的な確定債務という形を整えていないのです。しかし、会計では法律的な確定債務でなくても負債として認識して、「引当金」として貸借対照表に計上することが許されています(強制されています)。損失の内容も特定されていて、当期の事業に起因しており、また金額も合理的に見積可能なので、企業会計原則の注解17の要件を満たしており、基本計画策定年度に、原子力発電装置の解体・撤去の全支出を資産除去費用(特別損失)として引き当て計上し、対応する「資産除去損失引当金」(仮称)を貸借対照表の負債の部に掲記することになります。なお、この資産除去損失引当金は、資産除去債務に準じた性質をもつ引当金であり、解体・撤去の工事対価の支払に充当されますので、対価支払時に取り崩されます。

 しかし、原子力発電装置が使用停止後になってから、あわててその解体・撤去の費用を引き当てるというのは、「遅すぎる」という見方が一般的です。資産除去債務はもっと早い段階から存在しているのに、会計が負債の認識を与えないために、貸借対照表の裏側に「隠されている」というのです。それでは資産除去債務はいったいどの時点から存在していたのか、と問い詰めていくと、その意見はまちまちです。しかし、1つの有力な見方は、原子力発電装置は、設置した時点では放射能に汚染されていなかったのに、発電にともなって汚染されてしまったというものです。発電装置の稼働が設備汚染の原因であり、解体・撤去費用の高騰の原因が設備汚染にあるとすれば、資産除去債務を生み出しているのは設備の稼働ということになります。

 日本ではかなり以前より、環境汚染原因は発電設備の稼働にあるという考え方が拡がっていて、環境修復の債務は、設備の稼働につれて増加するという見方が定着してきています。この見方によると、発電設備の設置時点には環境修復義務はゼロであったのに、その後の稼働とともに、その修復コストが膨らんでいくことになりますから、この場合にも引当金が必要になり、毎期の修復コストの増分に相当するだけ、引当金への繰り入れが行われます。日本の電力会社には特別の法律(および通産省令)により、原子力発電装置撤去引当金の計上が強制されていますが、実は、この考え方によるものです。

 電力会社の収益は需用者が支払う電気料金によっていますが、この電気料金には公共料金として規制が加えられています。この電気料金の許認可の目安は発電コストですが、この発電コストには、原子力発電の場合、発電装置撤去引当金繰入額が含められています。これは現在の電気の需用者が将来の解体・撤去費用を負担していることを意味しますが、世代間の公平という観点からしても、この政策は有意義なことと考えられています。もし現在の需要家がこのコストを負担しないとすれば、いま稼働中の設備の解体・撤去費用を、将来の世代にしわ寄せすることになるからです。

 ところで、ごく最近になって、日本企業会計基準委員会より、資産除去債務についての新しい会計基準の原案が提出されました(企業会計基準員会、企業会計基準公開草案第23号「資産除去債務に関する会計基準(案)」、2007(平成19)年12月27日)。この新基準には、まったく新しい考え方が示されており、資産除去債務の発生時点は設備の取得とされています。原子力発電装置を導入した時点において、環境修復義務が発生するとして、予想される解体・撤去の費用の全額を一挙に負債に計上するのです。

 設備の調達時に資産除去債務を負債に計上するにしても、その債務に見合った資産は何も取得されていません。そこで、負債に計上された資産除去債務と同じ金額を設備の取得原価に加算し、固定資産の取得価額を膨らませます。耐用年数の間、膨らんだこの取得価額によって減価償却を実施していきますので、減価償却費がそれだけ大きくなる勘定です。

 新会計基準案によると、設備の調達時点において資産除去債務の全額が発生し、これにともない設備の取得価額が引き上げられます。いわゆる「両建方式」ということで、資産除去債務に相当する金額が、取得時に資産と負債の両側に同時に追加されます。これにともなって増加する減価償却費は引当金方式の繰入額と同じ金額になるはずですから、問題は費用の金額ではなく、資産の取得価額に追加された金額と負債として認識された資産除去債務の金額です。まさに両建ての2つの金額のことですが、そのいずれにも根拠がないのです。

 まず負債の資産除去債務ですが、これは将来にマイナスのキャッシュ・フローをもたらすとして正当な負債として扱われていますが、それが「現在の負債」であるのかどうかは、不確かなことです。原子力発電装置が稼働によって今後の汚染するものだとすれば、将来には負債になるとしても、設備の取得時においては、まだ負債の資格を備えていないといえそうです。

 両建方式によると、資産除去債務として認識された負債と同じ金額だけ、固定資産の取得価額が増額されます。この増分の取得価額には2つの理由づけがあって、1つは環境修復コストは設備投資にともなう投資額の一部であり、支払いを免れえないコストという点を強調します。もう1つは国際会計基準に示唆されている考え方で、環境修復コストは固定資産の取得に随伴する一種の付随費用だとすものです。いずれの理由づけによるにしても、環境修復コストは「支払済み」とみなされていますが、それは会計上は「未払金」でさえもないものです。未払金は債権者、金額、弁済期が確定した負債を指しますが、環境修復コストは、支払いが予定されている金額にすぎず、未払金でも、既払金でもないのです。これを取得価額に加算するというのは、法外なことといわなければならないでしょう。

◆次回の更新◆

 次回の更新は7月になるでしょう。これから夏を迎えますが、ぼたん、あじさい、ばらなど、本格的な 花の季節となりますので、楽しみです。みなさまご健康にご留意のうえ、ますますご活躍いただきますように。ごきげんよう。さようなら。


2008.5.10

OBENET

代表 岡部 孝好

okabe@obenet.jp