A Message from Webmaster

 to New Version(April 1, 2006)




2006年4月版へのメッセージ


OBE Accounting Research Lab



Back Numbers [1995年10月 ラボ開設のご挨拶][ Webmasterからのメッセージのバックナンバー]


◆春の渦潮◆

 ことしの冬は格別の寒さでしたが、 ようやく花の春を迎え、暖かい陽気を浴びています。3月末の激寒で、大阪では桜の開花がすっかり 遅れてしまいましたが、風はもうすっかり春で、テニスコートを走るとじんわりと汗ばんできます。 みなさん、ごきげんいかがでしょうか。

 期末試験、入試、卒業式と例年のスケジュ ールに追われているうちに、いつか新学期となってしまいました。あわただしい日々ですが、 いくつになっても新学期は新鮮で、ぴっかぴっかの新入生を迎えると、こころまで洗われるような 気がしてきます。気分を一新し、さっそく講義の準備にとりかかっています。

 3月29日-30日、ゼミ合宿で鳴門海峡を訪れ、激し く流れる春の渦潮に圧倒されました。眼下に広がる潮の沸きかえりは、いつまで見ても、見飽きな い雄渾なものでした。

◆名誉の殿堂と恥の殿堂◆

 人の功績を称えるホールは「名誉の殿堂」(Hall of Fame) と呼ばれていて、かつての球界のスーパースターを顕彰する 「野球の殿堂」が有名です。それほど広く知られてはいませんが、アメリカには「会計の殿堂」が The Ohio State Universityにあって、会計学のトップスターの功績を称えるこのホールではわが 井尻雄士教授が額縁に飾られています。いずれはこの会計学の殿堂を訪れて、先人たちの学問の跡を じっくり噛み締めてみたいと考えています。

 最近では、この「名誉の殿堂」の英語をもじって、 会計の「恥の殿堂」(Hall of Shame)を創ってはどうかという声があがってきています。世界中のあちこ ちで会計不正が露見していますが、その「輝かしい」事例を「恥の殿堂」において「顕彰」してはどうか というのが、そのアイデアです。

 日本にも、「恥の殿堂」の候補は山ほどあります。記憶にあるだ けでも、山一證券事件、三田工業事件、フットワーク事件などが浮かんできますし、最近になって新聞を賑やかした 会計不正事件と しては、メディア・リンク(大証ヘラクレス)、丸石HD(大証2部)、西武鉄道(東証1部)、アソシエント・テクノ ロジー(東証マザーズ)、駿河屋(東証2部、大証2部)、カネボウ(東証1部)、ノース(東証マザーズ)、ライブド ア(東証マザーズ)が挙げられます。

 これらのいずれの事件にも何らかの新規性があって、新しい工夫が みられますが、抜群の「革新性」が認められるのはライブドア事件です。架空売上高を計上しているのは他のケースと 同じですし、投資事業組合とかカリブ海のバージン諸島の幽霊会社を使っているのも海外の事例のまねごとにすぎない といえます。しかし、自社株式の売却代金を売上高に計上するという手口は、おそらくは海外にも稀な斬新なものです。 株主が出資した資金がそのまま売上高になるのだとすると、そしてその売上高から費用(これは事務費だけだからほと んどゼロ)を差し引いた利益が株主に配当されるのだとすると、自社株の売買だけでビジネスが成り立っていること になります。18世紀初頭にイギリスで起きた南海泡沫事件の現代版であり、資本配当の最悪の手口となります。

 現代の株式会社制度は南海泡沫事件を教訓にしてできあがったもの ですし、会計学において資本取引と損益取引の区分の原則とか債権者保護を強調するのも、南海泡沫事件の悪夢があ るからです。この株式会社制度とか会計制度の根幹に挑戦しているのがライブドア事件ですから、ホリエモンは「恥 の殿堂」の最有力候補といえそうです。

◆負債って、何だったのだろう?◆

 ついこの前は卒業式のシーズンでしたが、 「わが師の恩」といった声は聞こえてきません。「義理や人情」も、寅さん時代のこ とばかヤクザの世界のことばになってしまったのかもしれません。「借り」とか「借金」という ことばも、ひと昔の響きを失ってきているように思えます。返す気もないのに、消費者ローンを借りま くるひとがゴマンといるわけですから。

 会計学では、借金のことを「負債」といいます。会 計学の負債は、古くは法律用語の「債務」によっていて、法律的な義務と同等なものとみなさ れてきました。引当金などの会計独特の擬似債務がこの法律的な債務に追加されて、会計上の 負債がカバーする範囲は広くなりましたが、それでも会計上の負債の意味は明確なもので、何が 負債なのかはこれまではっきりしていました。しかし、最近では、何が負債なのかがよくわからなく なってきています。借金と同じで、「負債って、何だったのだろう?」というこまった状況が拡がって きているのです。

 いま負債の会計が注目を集めていますが、 それにはいくつかの原因があります。まず第1は、混合型のハイブリッド証券が広く出回っていることです。 ハイブリッド証券の典型は転換社債ですが、転換社債は最初は負債ななおに、途中から株式に切り替わ りますから、両方の中間的な性格をもっています。この切り替わり可能性は株価の動きによって違っ てきますから、株価の変動におうじて「負債の程度」が変化することになります。ハイブリッド証券は負 債なのか持分なのかはっきりしないうえに、どちらの性格が強いかが変動するのです。これでは、ど こまでが負債なのかは、決められないことになってしまいます。

 負債の会計を悩ます第2の原因は、負債であるかど うかが、外部の状況で決めらるケースがあることです。他人の借金に裏判を押すと保証人になりますが、 借金をした当のひとが約定通りに返済すると、保証人には何の義務も生じません。 ところが、借りた本人が返済に失敗すると、保証人がなり代わって、返済しなければならなくなります。 保証人の側では、保証した相手が返済するかどうか、状況しだいで、負債になるのかどうかが決まるの です。外部の状況しだいで負債になるかどうかが決まる契約はますます増える傾向にあり、リコース負 債、条件付負債、偶発債務などの取扱いが問題になってきます。

 負債の会計の第3の問題点は、負債を免れる新たな手 法が次々に開発されていることです。製品トラブルを無償で修理するという製品保証はいまでは一般的 なものですが、この無償修理の義務をアウトソースして、他の専門会社に丸投げしている会社も多数あ ります。これら会社は、製品保証の義務を負っている点では負債があることになっていますが、その義 務を他社に転嫁している点では負債を免れています。欠陥商品のリスクに対して保険を掛けているケー スとか、年金給付義務を信託会社に丸投げしているケースにも、同様に、負債の肩代わりが生じており、 負債があるのかないのか、かっきりしないことになります。スワップ取引などによって、ある負債から 他の負債に乗り換えている場合にも、どの負債がどの程度残っているかが怪しくなります。

 負債なら、いつ、いくらの負債になったかが突き止め られなければ、会計帳簿には載せられません。また、負債であったものが負債でなくなったのなら、い つ、いくらの負債が消滅したのかがはっきりしないと、会計帳簿の負債を消すことはできません。それな のに、負債の存在も消滅も明確でないケースが増えてきて、混迷が深まっています。存在する負債をみつ けて会計帳簿に乗せることは負債の認識(recognition)と、消滅した負債をみつけて会計帳簿から外すこと は負債の認識解除(derecognition)といわれますが、認識も認識解除も、簡単ではないのです。

 負債の会計において、認識されていない負債があると、 簿外負債(オフバランス負債)があるとして、大騒ぎになります。しかし、何が負債なのか、定義が確定 していないわけですから、負債として認識されるべきものが抜け落ちているとか、負債ではないものが負 債にされているといったケースが、どうしてもでてくることになります。こまったことです。

◆シーカヤックへの挑戦◆

 「このクソ寒いのに、落ちたら死ぬ ゾ」と家族に脅されながら、真冬の2月半ばに、JRで紀の国「湯浅」へ。和歌山 からJR普通電車で南に45分の小じんまりした街が、初めて訪れる「湯浅」。小雨のばらつくなか、 生まれて初めてカヤックに乗せてもらって(自分で乗ったのではなくコーチに乗せてもらっって)、 鏡のように静かな湯浅湾の水面に浮く。

 パドルの扱いはむつかしいとは思わ なかったが、足で動かす舵が簡単でない。勝手に蛇行するし、カーブも思うようには曲 がってくれない。しかし、半時間もすれば慣れてきて、コーチに付 き添ってもらって、湾内のツアーへ出かける。水面すれすれからみる周囲の山々の風景は 地上からとはまったく違う眺めで、新鮮ですし、潮の香りもいい。海水も清らかで、 なめてみるとおいしい。

 岩すそにそって3時間ほど漕ぎまわっ て、それからは近くの温泉(栖原温泉)へ直行することになりました。わずか4Kほどのパドリ ングで、さして疲れているわけではなかったが、運動のあとの温泉はまた格別です。湯船の中で、地元の漁師から 聞いたイカナゴ漁の話は、なかなか興味深いもの。湯浅ではミカンだけでなく、いろいろな魚 がたくさん獲れるらしい。次のチャンスには、釣竿を忘れないようにしなければならな い。クエ鍋が旬と聞いたが、時間の関係で、今回は惜しくも食い逃した。

◆財務制限条項の変貌◆

  資金の貸し手にとっては、借り手における支払能力の低下が心配の種です。借り手の支払能力が低下すると、貸付金を 取り戻せなくなるからです。そこで、借り手の支払能力を維持する工夫の1つとして、財務制限条項を取り決める 慣行が1970年代にアメリカに拡がり、いまでは世界各国の金融界の慣行として確立されています。この財務制限条項には、 借り手にやってほしいこと、やってほしくないことが列記されていますが、わざわざこまごまと制限条項を列記するの は、借り手が列記したことを守ってくれないと、その債務弁済能力が落ちて、貸し手が迷惑をこうむるからです。

 財務制限条項の例としては、次が代表的なものです。

 1.株主への配当の最高限度を定め、この限度を超える配当を禁止する。

 2.運転資本や当座比率の最低水準を定め、この水準を割り込むことを禁止する。

 3.負債比率の上限を定め、この上限を上回る借入れを禁止する。

 これらの財務制限条項では配当限度額、運転資本、当 座比率、負債比率などの会計の専門用語が使われていて、約束が守られているいるかどうか、会計数値を たしかめないと分からない仕組みになっています。このことから、財務制限条項は「会計ベースの契約」 (accounting-based contract)といわれています。

 大事な点は、財務制限条項が単なる努力目標ではなく、 絶対に守らなければならない借り手の義務だということです。財務制限条項は、貸付けの条件として定め られた取決めですので、この取決めに違反した場合には、借り手は、貸付けを受けた資金を即時に 返還しなければならなくなります。

 財務制限条項に定める義務があまりに重いと、借り手 は身動きの自由を失いますので、その義務が軽いときにのみ制限条項に同意して、資金の借入れを行いま す。問題は、その後時間が経過するにつれて借り手の事情が変化して、制限条項の取決めが重荷になって くることです。配当の上限を抑えられていると、配当がしづらくなってくることがありますし、負債比率 によって追加借入れが制限されると、資金の手当てが苦しくなることが考えられます。

 苦しいこの状況に追い込まれたときに、借り手はいろ いろな対策を考えますが、その最も手っ取り早い方策が会計数値をごまかすことです。会計数値を動かす と、配当限度額、運転資本、当座比率、負債比率などが変化しますので、制限条項の縛りを潜り抜けることが 可能になります。実証会計学ではこのような借り手の行動を追跡してきましたが、1980年代の実証研究は、 借り手が財務制限条項に違反しそうになると、会計数値を動かしているという点をよく裏づけてい ます。

 1990年代になって、アメリカではITバブルが拡がりまし たが、これにともない財務制限条項の使い方が大きく変貌したといわれています。その一因はいうまでも なく、会計数値のごまかしです。会計数値をごまかす裁量行動が拡がったために、財務制限条項そのものが 効かなくなって、旧来のやり方では焦付きが防げなくなったのです。それに加えて、たて続けに会計ル ールが変更され、配当限度額、運転資本、当座比率、負債比率などの意味が変化してしまったことが挙げら れます。その なかで特に影響が大きかったのが負債の定義の拡大です。退職給付債務、税効果負債などが負債に追加された だけでなく、リコース負債、偶発債務、製品保証債務などが負債扱いとなって、負債が膨らみました。 最近になって財務制限条項の利用状況が大きく変わってきたのは、こうした事情によるものだと指摘されて います[Begley and Freeman,2004]。

 Begley and Freeman[2004]によると、財務制限条項につ いては、次の新しい傾向がでてきています。

 1.配当制限条項が激減している。

 2.運転資本条項と当座比率条項がまったく使われなくなっている。

 3.負債比率条項が激減してきている。

 このような新しい傾向をみると、財務制限条項が無用に なったと誤解されがちです。しかし、実際には財務制限条項の利用が拡大される傾向もみられ、使い方が 変化しているだけともいえます。特に重要なのは、財務制限条項におけるプロフォーマ利益とキャッシュ フロー情報の利用です。1990年代以降になってから、EBITDA(Earnings before Interest, Tax, Depreciation and Amortization)というプロフォーマ利益を利用する例が激増しており、財務制限条項もこのEBITDAに よるケースが多くなっています。Begley and Freeman[2004]も、次の新しい傾向を指摘しています。

 1.追加借入制限条項はカバレージ比率(=EBITDA/支払利息)による。

 2.追加借入制限は負債と営業キャッシュフローの比による。

cf. Begley,Joy and Tuth Freeman,"The Changing Role of Accounting Numbers in Public Lending Agreements," Accounting Horizons, Vol.18, No.2(June,2004), pp.81-96.

◆天井テスト◆

 会計学で保守主義(conservatism)というのは、会計数値を 扱う場合には、何ごとにも用心が第一という心得を指しています。楽観的な見方をいましめ、疑いをもって、 慎重にものごとを判断することを求めているのが保守主義です。具体的にいうと、「資産は控えめに、負債は多めに」、「収益 は控えめに、費用は多めに」というルールが保守主義の原則です。

 市場の競争では積極的に攻めてでなければ競争に負けますから、 経営者にとっての重要な資質は積極性です。しかし、積極的に行動する経営者はとかく楽観的になりがちで、将来 をバラ色に描きがちです。これがつまずきの元になるわけですので、会計人は経営者とは一歩違った立場に立 って、保守的な判断を要求されているのです。

 この保守主義によると、資産の評価とか収益の認識では上限が 大切であり、下限はさして重要でないことになります。負債の評価とか費用の認識では、反対に、上限よりも下限 が重要です。この考えから、最近では天井テスト(ceiling test)があちこちに導入されるようになってきています。 そのよい例が固定資産の減損会計です。資本資産(固定資産)の帳簿価額が回収可能額を上回ってくると、評価減 (write-down)によって、帳簿価額を回収可能額まで切り下げます。回収可能額が天井になっていて、この天井 を突き抜けることができない仕組みになっているのです。棚卸資産には低価法が適用されますが、これも天井テスト によっています。時価か原価か、いずれか低い方によるとすれば、時価という天井を突き抜けることはないわけです。

◆役員賞与の費用処理◆

 会社の役員(執行役員、取締役、監査役)には給与のほかに、 ボーナスが支払われます。このほか株式に結び付けられたストックオプションが役員に付与されることもありま すが、役員報酬の典型は、給与とボーナスです。この役員報酬についての会計上の取扱 いは、従来では給与とボーナスとが区別されていて、給与は費用項目とされるのに、ボーナスは利益処分項目と されていました。収益から費用を差し引いた残りが純利益となりますが、その純利益を分配するにあたり、その 一部を役員賞与として分け与えるという処理になっていたのです。役員に支給するボーナスは経 営者に対する特別な報奨という意味が込められていたほかに、お手盛りによる不正を防止するという狙いがあった からです。

 この4月から役員のボーナスを利益処分とする従来の会計処理が変更される ことになり、役員のボーナスは給与と同様に費用として扱われます。一般の従業員と場合と同じで、給与とボーナ スとが一括りにされ、一般管理費に収容されることになったのです。なお、役員に対するボーナスには法外に高額なも のがあるといわれており、他方では、その支払状況を監視するために、デイスクロージャーを強化すべきという声も高まって きています。

◆アメリカの公開会社会計監視機構◆

 アメリカではエンロン事件以来、会計不正の根絶にやっきとなって いますが、その基幹をなすのがSarbanes-Oxley2002年法(SOX法)です。このSOX法との関連において、公認会計士の 会計監査を監視する公的機構が設置されていますが、それが 公開会社会計監視機構 (Public Company Accounting Oversight Board:PCAOB)です。PCAOBはSECの管轄下に設置されており、メンバー5名 によって構成され、そのうち2人は公認会計士が充てられています。

 PCAOBは監査の基準、監査の品質基準、倫理規定などを定めるのが 主要業務になっていますが、これらの業務に関連して、公認会計士事務所の会計監査を監視し、その品質を確保するの も重要な任務とされています。PCAOBには強制的な調査と懲罰の権限があり、連邦政府の機関として動いています。 米国においては従来では監査の品質保持は米国公認会計士協会(AICPA)の自主的活動に委ねられてきましたが、いま ではSEC主導のもとに、PCAOBによって政府主導で監査の品質維持が図られています。PCAOBには監査のルールメイキングか らその執行まで幅広い権限が託されており、公認会計士の監査業務は全面的にその監視のもとに置かれています。 会社内部の監査委員会 (Audit Committee)もそのコントロールを受けていますので、その権限は絶大です。

 このPCAOBと並んで、監査の品質維持に大きな役割を果たしている のがCOSO & COBITです。COSOといのはthe Committee of Sponsoring Organizations of the Treadway Commissionの略称です。かつてのSECのメンバーであったJames C. Treadway Jr.がCOSOの初代 議長に就任したことから、この名称になっています。COBIT (Control Objectives for Information and Related Technologies)というのはthe IT Governance Institute and the Information Systems Audit and Control Associationによる監査基準を定めたもので、この基準はCOSOのIT版として、その一部をなすものとされ ています。この基準にはSarbanes-Oxleyに向けた財務報告のための内部統制システムについての考え方が強く反映 されているといわれています。

◆次回の更新◆

 いよいよ本格的な花の季節です。この素晴らしい季節を、 お元気にて、存分にお楽しみください。次回の更新は6月を予定しています。ごきげんよう、さようなら。


2006.04.04

OBENET

代表 岡部 孝好

okabe@obenet.jp