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2003年12月版へのメッセージ
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1995年10月 ラボ開設のご挨拶
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◆落ち葉の六甲台キャンパス◆
◆MBAスクールの大阪サテライト教室、来春から運用◆ ことしは落葉が遅く、六甲台では、師走になってからも紅葉を楽しめる暖かい日がつづいています。いちょう、かえで、うるし、つた、どうだんつつじなど、六甲台ではたくさんの種類の紅葉がみられますが、ことしはずっと、散らずに残ったままになっていました。最近ではさすがに落ち葉が路上に広がっていますので、きびしい北風とともに、六甲台もこれから冬景色に変わっていくことになります。みなさんごきげん、いかがでしょうか。
日本の国立大学は来春4月に独立行政法人に組織変更することが決まっていますので、神戸大学でもその準備で、会議ばかりです。そろそろ入試業務がはじまりますし、例によって学期末の煩雑な作業も、日程にのぼってきています。それにくわえての独立行政法人化ですので、たいへんな毎日であることはたしかです。しかし、少し鼻かぜ気味ながらも、元気に、楽しくやっております。テニスは、もちろんのことです。
神戸大学経営学研究科のMBAスクールは昨2002年度より専門(職)大学院として再出発を図りましたが、六甲台キャンパスがあまりに地の利がわるいということもあって、学生の強い要望を受けて、大阪市内にサテライト教室を捜していました。その間、大阪ガスのご好意によって、ウィークデイの夜間の講義には同社の研修所を貸していたき、ここ2年は、何とか学生の就学環境を維持してきたのが実情です。しかし、このほどようやく本格的な大阪サテライト教室を開設するメドが立ち、いまその準備をすすめています。来春4月より正規の教室として運用を開始し、平日夜間の講義はこの大阪サテライト教室で行います。
◆日本会計研究学会第62回全国大会(於:近畿大学)◆ ◆六甲台図書館の増築◆ ◆役員賞与の費用化◆ ◆ラオス国立大学での集中講義◆ ◆LaoPakoへの旅◆ MBAスクールの大阪サテライト教室は、大阪府立中ノ島図書館に隣接していますので、地下鉄の御堂筋線の「淀屋橋」から徒歩で3分ほどです。中ノ島図書館は大阪市役所の庁舎と中央公会堂に挟まれていて、周辺はバラ園などの公園です。環境も利便性も、ビジネススクールとしては、世界的にみても第一級だろうと思われます。
神戸大学MBAスクールでは、この大阪サテライト教室を平日夜間の講義だけに使い、土曜日の集中講義は、従来通りに、六甲台キャンパスで実施します。このため、平日は昼間において、週末は全日にわたって、大阪サテライト教室に空きができることになりますが、これをカバーするための新しいアイデアが、いま次々に浮上してきています。セミナーの開催、エギュゼキュティブ・コースの開設などがその例です。こうした高度の利用に供するには、教室の整備が重要ですので、備品の調達、無線LANの敷設、サポート体制の確立などを大車輪ですすめています。これが完了すると、来春の4月には、ぴかぴかの新サテライト教室が開かれることになります。
日本会計研究学会第62回全国大会が、9月10日より近畿大学(準備委員長:興津康裕教授)において開催されました。統一テーマは「激動する経営環境の中での会計学研究――20世紀からの会計学研究の継承と新たなる方向の模索」であり、その統一論題第1会場のテーマは「会計理論研究の継承と新たなる方向の模索」です。この第1会場の報告者は倉田幸路氏(立教大学)、高須教夫氏(神戸商科大学)、大日方隆氏(東京大学)、小菅正伸氏(関西学院大学)の4氏であり、司会には岡部孝好氏(神戸大学)があたりました。9月11日における統一論題報告を受けて、翌日には円卓討論が開かれましたが、これも盛況で、活発な議論がつづきました。
会計学が20世紀から21世紀に向けての大きな転換点にさしかかっている点は、だれにとっても疑いのないことですが、新しい時代における会計研究については行く末が見えてきません。この手探りの状況の中において、新時代の会計学を模索しようとしたわけです。頼りない司会でしたが、多数の方のご協力がえられたことを感謝しています。なお、この第1会場の統一論題報告と円卓討議の速記録は、雑誌「会計」の新年号に特集として掲載されることになっています。
六甲台図書館の裏側と六甲台グランドとの間には、斜面を横切る車道がありましたが、この車道部分を切り崩し、地上10階建て(地下2階、地上8階)の新ビルを建設中です。正門ヨコに昨年末に建った「アカデミヤ館」が第1総合研究棟という名称ですので、この図書館の新栄棟は「第2総合研究棟」と呼ばれます。
この第2総合研究棟は地下2階部分が六甲台図書館の書庫に充てられ、地上1階にはジャーナルの閲覧室、貴重図書室などが開設される予定です。地上2階はホール、コンピュータ室など図書館の用途に充てられますが、地上3階から上階は六甲台部局の研究室などになります。延べ面積は8,000平米を超える巨大なビルであり、来年の7月には竣工の見込みです(写真は建築中の第2総合研究棟)。
建物が増えるのは嬉しいことですが、新しいビルが建つと、その中には備品とか装置をいれなければならないし、そのためにはまずお金が必要です。国の予算はますます渋くなってきていますし、独立行政法人になると、その手当てにおいても国は頼りにならないことになります。しかし、現実問題として、建物が完成しても、内装が整わなければ使い物になりませんので、六甲台図書館長として、毎日、身の細る思いをしています。
日本では役員賞与は費用としては処理されておらず、利益処分とされています。役員の報酬(給与)は従業員の給与と同等に扱われ、費用に算入されるのに、役員に対するボーナスは、株主に対する配当と同様に処理され、利益の分配とみなされてきたのです。このため、普通株主に帰属する1株当たりの利益(EPS)を計算するにあたっても、前もって、この役員賞与を控除することが必要になっていました。
役員のボーナスに対するこの取扱いは日本独特のものであり、国際比較の障害になっていたのが実情です。役員のボーナスが費用から脱落しているために、海外企業に比べて、日本企業の費用は過少に表示される傾向があったのです。この点を補正するために、役員に対するボーナスを役員報酬(給与)と一体化して、費用に算入するという新方式が採用されようとしています。
役員報酬に関しては、そのほかに、ストックオプション費用が見落とされているという問題があります。ストックオプションというのは、株式の交付による役員(と従業員)への報酬の支払いですので、本来であれば、これも役員報酬として費用に含めることが必要です。しかし、このストックオプションについては、報酬の金額の決定とか、費用認識のタイミングについて未解決の点が多数残されており、どのような形で費用に計上するのかはまだ明らかになっていません。これも早急な解決が必要な問題ですが、制度改正にはいたっておらず、これからの課題として残されています。
ラオス人民民主共和国には国立大学が1校だけありますが、その経済経営学部(FEM)において「財務会計」の集中講義を、
4週間の予定で担当することになり、11月01日関空を発って、首都ビエンチャンに向かいました。タイのバンコクに一泊して、ビエンチャン国際空港に降り
立ってみると、11月というのに、35度を超える猛暑で、どこもかしこも熱風と粉塵が舞っています。この常夏の国は、いまは乾季で、10月から雨はまったく
降っていないということです。大河のメコンも水かさをぐっと減らしていて、隣国タイとの間に、広大な中洲が浮き上がっています。キャンパスでは、常夏
の花、ブーゲンビリヤが咲き誇っていました(写真)。
財務会計の講義は学部の3-4年生が対象で、まずわたしが英語で話しをしてから、通訳により、ラオ語に変換されます。この通訳に時間を食うために、100分の講義でもとても時間が足りず、大急ぎの財務会計となりましが、学生の理解は早く、たった7回の授業だったのに、たいへんな手ごたえを感じました。さすがは第一級の大学で、学生は卓抜した資質をもっているようです。なお、この学部の講義には、ラオスを公式訪問された川口外務大臣が、ほんの10分程度ですが、授業参観におみえになりました。
隣接のジャパン人材センターが主催するビジネススクールでも、イブニングコースで、3回にわたって「財務分析」を担当させていただきましたが、これもなかなか活気があり、かなり充実した講義になりました。クラスには社会人のビジネス(ウー)マンが70人ほどいましたが、官庁関係の方も多数含まれていたのに、企業の収益性、投資のリスクなどに対する関心は強烈で、資本主義の市場メカニズムを少しでも理解したいという熱気のようなものを感じました。
この国の主食はもち米で、蒸したごはんを手先で練って食べます。ビーフンによるラーメンも主食同然で、アヒルやカモの肉とか、かまぼこをトップに乗せて、たくさんの野菜とともにいただきます。なかなか結構な味です。副食は牛、ヤギ、トリなどの肉がメーンのようですが、海産物もあり、タイからの輸入というイカ、タイ、エビ、貝などの料理も手軽に楽しめます。ただし、味付けはこしょうですから、その辛さは強烈で、気をつけていても、口の中を火の玉が駆け回ることがあります。いずれにしても、食べ物は豊富ですので、アジアの最貧国といわれながらも、実際の生活水準はかなりのものという印象を受けました。一度は水にあたって、下痢に悩みましたが、それでもラオ料理、タイ料理はずいぶんとおいしいものを、たくさんいただくことができました。1月の滞在で、体重はやや増えたのではないでしょうか。
この国では、交通、通信、上下水道などのインフラがむちゃくちゃで、居住者も旅行者も思い思いに、自分で問題を解決し、毎日を凌いでいるのが実情です。ラッシュアワーなど、単車の洪水で、道など歩けたものではありません。しかし、いまこの国の経済はバブル状態にあるらしく、張り詰めた緊張と活気が漲っています。貸出し利子率は22%もの高水準にあるのに、市内は猛烈な建設ラッシュで、あちこちにビルが建っています。計画経済のはずの共産主義国家において、無計画に経済がすすんでいるのだとしたら、この国の将来が心配になってきます。
この国に滞在してみて、一番嬉しかったのは、トロピカルなフルーツの豊か
さです。パパイヤ、マンゴ、スイカ、パイナップル、ココナツ、リンゴ、バナナ、ドラゴンフルーツなどがおやつ代わりになっていますし、そのほかに
も、名も知らない果物をたくさんいただく機会がありきました。最高だったのはドリアンで、これは忘れられないラオスの味となりました。メコン川の夕日
も印象的で(写真)、この巨大な夕日を眺めながらのビールも、また最高です。
LaoPakoというのは、ラオスの首都ビエンチャンから30KMほど東にある避暑地で、ナムグム川の上流だと聞いていましたが、4輪駆動の車でいけたのは途中までで、それから奥地へは、小さな川舟に頼ることになりました。両岸の鬱蒼とした森からは、鳥の鳴き声が聞こえてきますし、船上で受ける川風は心地よく、真昼でもうっとりした気分になれます。30分ほどの船旅で、2-3軒の草葺のレストランが並ぶ崖淵に着きましたが、ここがLaoPakoです。亜熱帯とは思えぬ静かな森で、こずえの下で、Bearlao(ビール)とカレーライスを楽しむことができました。
これだけの静寂な高地で、風光も素晴らしいわけですので、日本であれば、観光旅館の5-6軒も建っていて、大きな観光船が走り回っていてもおかしくないところです。しかし、ここは観光地としてはまだ未開発ですので、この寂しい村を訪れるのは、外国からの旅行者ばかりです。とりわけ人気の高いのがヨーロッパからの旅行者らしく、この日も、川舟ですれ違ったのは白人グループの2組ほどだけでした。
◆モン族の祭礼◆
LaoPakoの近くの村で、幸運なことに、たいへん珍しい光景にでくわしました。モン族の祭礼(お正月かも)です。モン族の集落に着くと、老いも若きも村の広場にゾロゾロと集まってきていましたが、その中でとりわけ輝いているのは、晴れ着に身を飾った娘たちです。広場ではこの娘たちを中心にいくつもの輪ができていて、若い男と女の間で鞠(テニスボール)のやり取りが行われています。祭りの終わりまでには、この鞠投げで結婚相手が決まるということですので、鞠投げの当事者だけでなく、取り巻きにもたいへんな関心事のようです。おじいさんおばあさんも、小さな女の子もはだしの男の子も、晴れ着の娘を取り囲んで談笑しているのは、うらやましい光景です。ここには古い村の形がそのまま残っていて、村が共同体としてまだ活きているのだと感じました。
◆次回の更新◆ なお、モン族は悲劇の高地部族として知られており、いまでもベトナム戦争の結果を引きずっているといわれています。モン族はベトナム戦争でアメリカ軍に協力したために、戦後になって解放戦線に追いまわされ、従軍した男性はアメリカに亡命するなど、散り散りになってしまったというものです。
ただいまサイトの改装中です。できれば、冬休み明けにでもお目にかかりたい
と考えています。もうすぐお正月です。みなさん、ごきげんよう。
2003.12.08
神戸大学財務会計ラボ
代表 岡部 孝好
Graduate School of Business Administration
okabe@kobe-u.ac.jp
okabe@kobebs.ne.jp