A Message from Webmaster

 to New Version(April 10, 2011)




2011年04月版へのメッセージ


OBE Accounting Research Lab



Back Numbers [1995年10月 ラボ開設のご挨拶][ Webmasterからのメッセージのバックナンバー]


◆桜の春を迎えましたが・・・◆

  ことしは3月にも雪が舞ったり、霜が降りたりで、遅い春の訪れです。京都ではようやく四分咲きになった桜の花の下で、新学期を迎えています。キャンパス ではいつものように、晴れやかな春の風景が繰り広げられていますが、大震災のことが頭を離れず、こころの重い、あえぎあえぎの春学期のスタートです。 東日本大震災の被災者、そのご関係者の方々のお気持は察して余りあることですが、遠くよりお見舞いを申し上げます。

  1995年の阪神淡路大震災の年に、悩み抜いた末に、六甲台の神戸大学の第4学舎において生まれたのがこのホームページです。あの年には オーム教が暴れたり、円が暴騰したりと、大変なことばかりがたてつづけに起きましたが、何とか歯を食いしばって、嵐 が通り過ぎるのをじっと待つほかはなかったのを思い出します。カラ元気を出そうともしましたし、突飛な思いつきで 右往左往もしましたが、結局のところのらりくらりとやりすごしたというのが正直なところです。東北の皆さん、頑張りすぎ ないように、考えすぎないように、そしてあまり遠い将来を見ないようにしてはどうでしょうか。自然の力に比べたら、人間には けし粒ほどのささやかな力しかないのですから(下の写真は京都市山科区の醍醐寺の枝垂れ桜、2011年4月7日撮影)

阪神淡路大震災のころ(バックナンバー)[1995年10月 ラボ開設のご挨拶]

実証会計学の須田一幸教授、逝く

  早稲田大学大学院教授、経営学博士 須田一幸(すだ かずゆき)先生は、2011年5月31日午前8時50分,胃ガンでご逝去になられ ました。1955年(昭和30年)9月25日のご出生ですから、なんと55歳の若さでした。惜しい研究者を失い、日本の会計界は大打撃を受 けています。

  須田先生は秋田県のご出身で、福島大学経済学部をご卒業後、一橋大学大学院商学研究科にご進学になり、修士課程・博士課程 を通じて中村忠教授のゼミで、会計学の修行を積まれました。1984年(昭和59年)4月、一橋大のドクター・コース修了とともに京都産 業大学経営学部に会計学のスタッフとして着任され、京都を舞台に研究活動を展開されはじめました。1990年(平成2年)4 月には関西大学商学部に、さらに1998年(平成10年)4月には神戸大学経済経営研究所に転じられ、その後2004年(平成16年)4月 に早稲田大学大学院ファイナンス研究科の教授に就任されました。

  若年のころの須田先生は、会計情報を使う資本市場サイドから会計情報の働きを分析するアメリカ型の研究手法に注目され、株価に 与える会計情報のインパクトを日本市場のデータによって解析する研究をすすめられていました。効率的市場仮説という金 融理論によりますと、新しい有益な情報は市場では偏りなく、そして遅滞なく、株価の中へ織り込まれていきますので、新規に公表され た会計情報と株価の変化との関係が定量的に突き止められますと、「会計情報には有用性がある」という主張に裏付けがえられることに なります。この立証にはかなり高等な統計学の知識と技術が要求されますが、須田先生は計量経済学の豊かな学識を駆使して、いろい ろなコンテクストにおいて、投資意思決定に対する会計情報の役立ちを経験的事実によって証拠づけていきました。

  1987年(昭和62年)にロチェスター大学に留学されたのが須田先生には大きな転機であったらしく、それ以降では、契約コスト理論(エ ージェンシー理論)を援用して、会計情報がもつ利害調整機能(須田先生のいう契約支援機能)を分析する研究の方に軸足を移され ています。会社の経営者とそのステークホルダーとの間に利害の対立があることを前提にしますと、利害を調整するような関係の組み 方、つまり契約の結び方が重要になってきます。この利害調整との関連では、会計情報はステークホルダーの契約関係を支援し、 これによって利害調整を促すという重要な役割を果たしていることが考えられます。この会計情報の契約支援機能を、実際のデータに よって経験的に証拠づけるという考えから、須田先生は統計的手法の援用によって精密な検証結果を積み上げていきました。これらの 研究成果を集大成したのが、学位論文となった『財務会計の機能――理論と実証――』(白桃書房、2000年)です。

  実際のデータを使って会計情報の機能を証拠だてるというのが実証会計学の特徴ですが、このアプローチによっている研究者は、ア メリカではマジョリティなのに、日本ではマイノリティです。そういう苦しい日本の学界にあって、須田先生とわたしが同じ大学(関西大 学と神戸大学)で、実証会計学の花火を打ち上げつづけたわけですから、かなり目立ったことは事実のようです。しかし、二人のやり方 がまったく同じであったかというと必ずしもそうではなく、違いもありました。この微妙な差異に気づいた東京の若手研究者からは、 「どこが違うのですか」という質問をよく受けましたが、わたしが指摘することにしていたのは、効率的市場理論の取扱いで す。岡部実証会計学がエージェンシー理論の一刀流だとすれば、須田実証会計学は効率的市場理論とエージェンシー理論の二刀流 になっているのです。わたしは効率的市場理論とエージェンシー理論は別々で、奥底では折り合いがつかないとみていますが、須田 先生にとっては、2つは仲良く手を取り合う協調的な理論であり、決して矛盾するものではないということのようでした。

  須田先生は秋田の呉服屋のせがれとかで、なかなかのダンディ・ボーイであり、ルックスにもこだわるところがありました。10年以上も前の ことですが、合宿の夜の酒の席で、小学生のお嬢さんから貰った「ことしの父の日のプレゼントは養毛剤だった」とジョークを飛ばして、大 いに受けていたことがあります。須田先生はわたしより13歳も若いわけですから、それはないだろうとま近にあった先生の頭に目を向けま すと、たしかに地肌が透けてきていて、事態は容易ではなさそうです。お嬢さんの痛々しいご心配がジンと伝わってきて、とても笑えたも のではありませんでした。

  今回のご病気の手術のあと、快復は順調というメールをいただきましたが、薬の副作用で減った髪の毛をやはり気にされているご様子で、 「もともと少ないのだから」とご家族に慰められているとのことでした。毛の3本や5本、といいたくなるところですが、ルックスにこだわりはじめ たとすれば、これは本格的な復調の兆しだいえますので、グッド・ニュースだと受け止めました。

  昨2010年9月の東洋大学での会計学会では、さる会場の司会者席に須田先生がお座りでしたが、最後部の席から遠望してみますと、思 いのほかお元気そうなお姿で、ひと安心しました。まったく意外なことに、頭には髪の毛があります。閉会を待って、握手しながら復帰 のお祝を申し上げましたが、この日は顔色もよかったし、小まるく肥ってきていて、声にも張りがありました。とりわけよかったのが五分刈りの ごましお頭で、すてきなルックスでした。

  須田先生はふつうの会計学者の何倍かのお仕事をされ、学究者として輝かしい業績を残されました。いつも楽しい研究仲間や学生たちに 取り囲まれて、またご家族の深い愛情に支えられながら、55年の人生を濃く、太く生き抜かれたわけですから、羨ましいほどのお幸せなご生 涯ではなかったかと思います。もう少し長生きしていただけたら、もっとよかったのですけれども。いくど思い直しても、あきらめきれませんが、い まとなってはご生前のご健闘をたたえて、さようならをいうほかはありません。

◆パーフォーマンス株式付与◆

  アメリカでは経営者に支払う報酬としてパーフォーマンス株式付与(performance shares)が増加してきているという。ストックオプション(新株予約権)の評判がよくないので、それに代わるものとして出現してきたものらしい。

  ストックオプションでは会社の株式の買取価格が事前に指定されているから、市場の実際価格がこの指定価格(権利行使価格)を超えてくると、市場で自社株式を買うよりもストックオプションを使って自社株式を買う方が有利になる。ストックオプションというのは自社株式の安値購入権であり、ふつうの商品になぞらえれば、何割かの割引率で商品が安く買えるクーポン券のようなものである。このストックオプションが経営者の報酬制度としてよく利用されるのは、これを経営者にタダで与えておくと、経営者は自社の株価を権利行使価格より高くしたいと動機づけられるからである。自社の株価を権利行使価格よりも高くする最も一般的な方法は、会社の業績を引き上げることであり、経営者は会社の業績の引き上げに邁進することになる。会社の業績の引き上げ⇒株価の上昇⇒自社株の安値購入⇒経営者の所得の増加という、連鎖を生み出すのがストックオプションの特徴なのである(下の写真は京都市山科区の醍醐寺の枝垂れ桜、2011年4月7日撮影)

  これに対して、パーフォーマンス株式付与においては、経営者に対してもっと具体的な努力目標を与える。たとえば会計利益数値を使って、「1株当たり利益(EPS)」によって経営者の努力目標を指定する場合には、現在のEPSが\30のときに、経営者に倍額の「任期中に3年連続でEPS\60以上」という会計数値を業績目標として明示する。そして、この目標を達成した場合には、ご褒美として「自社の株式100株を無償で進呈する」ことを約束するわけである。

  ストックオプションでは株価がキーになっており、業績を改善してもそれが株価の上昇をもたらさなければ、経営者の儲けに結びつかない(業績が改善されなくても、株価さえ上がれば経営者の儲けになる)。これに対してパーフォーマンス株式付与では、株価がどうであれ、「任期中に3年連続でEPS\60以上」といった業績目標を達成しさえすれば、それだけで経営者のフトコロが豊かになる。ストックオプションが「市場ベースの契約」になっているのに対して、パーフォーマンス株式付与は「会計ベースの契約」になっており、会計数値だけで勝負が決まってしまう。

  最近ではストックオプションの代わりとしてパーフォーマンス株式付与が使われる例が増えてきているが、その理由として挙げらるのは、長期的な経営視点が重要だという点が再認識されたことによっている。ストックオプションによると、経営者は目先の株価の上昇だけに気を奪われて、近視眼的な意思決定を行うことになりやすい。将来を見据えた戦略的意思決定が疎かにされる傾向が生まれがちなのである。パーフォーマンス株式付与でも、単年度のEPSなどを業績目標に採用すると結果は同じことになってしまうが、業績目標を長期の会計数値に変えれば、近視眼的な意思決定の弊害は防止できるであろう。「3 年連続で」といった条件をつけるのは、視野を広くするための工夫であるが、これを「5 年連続」とか「7年連続」に伸ばすことも考えられる(下の写真は京都市山科区の醍醐寺の枝垂れ桜、2011年4月7日撮影)

 

  なお、会計学の観点からすれば、パーフォーマンス株式付与も、株式による経営者報酬の支払いであり、ストックオプションの場合と同じように費用の計上が必要である。しかし、この会計ルールはまだ定まっていない。

◆金科玉条の概念フレームワーク(再)◆

  会計学の世界では「概念フレームワーク」(conceptual framewark)という言葉が大はやりになっており、このことばを背表紙に打った著書が何冊も、 書店の棚に並んでいるほどです。ことの起こりはアメリカのFASBが出したStatement of Financial Accounting Concepts No.1, Objectives of Financial Reporting by Business Enterprises (Nevember 1978)であり、それ以降7冊のSFACが公刊されています。国際会計基準の方でも同様のプロジェクト をスタートさせ、よく似ているが、内容の異なる概念フレームワークの冊子を公表しています(下の写真は京都市山科区の醍醐寺の枝垂れ桜、2011年4月7日撮影)

  会計基準が次々に制定されているのに、それぞれの会計基準の制定にあたって議論が噛み合わず、時間ばかりを空費するというのが、 概念フレームワークを作ろうということの発端です。具体的な会計処理のルールを作るのに、そもそも会計の目的が何なのか、資産 とか負債をどう定義するかなど、根本的なことから議論をし始めては間に合わない。議論の出発点となる共通の理解を明文化しておこうと いう考えから、会計目的、基礎概念などについて文書化がすすめられ、その結果として生まれたのが概念フレームワークです 。

  最近の会計基準はどれもこの概念フレームワークを基礎にして制定されていますから、会計基準の重要な論点は概念フレームワークを参照しないと 解釈できないことが多い。会計基準の制定根拠の文書にも、これこれの考え方は、概念フレームワークのどこそこによっていると明記されている。 とすれば、会計基準のことについては概念フレームワークがオオモトということになって、何もかもそれに依存してしまう。概念フレームワークがいまや 金科玉条となっているです。

  この状況に批判的な見解も多い。会計基準の制定では金科玉条として概念フレームワークが引き合いに出されるが、その概念フレームワー クを作ったのはいったい誰なのか。それはFASBの委員が寄り合いで作った「作文」にすぎず、著名な学者の関与したものではない。概念フレー ムワークに書かれていることは、議会などフォーマルな手順によって承認されたものではなく、単なる私的意見の寄せ集めにすぎない。こうした 批判は延々とつづいている。

  最近では国際会計基準IFRSsの影響力が強まってきているが、このIFRSsも独自の概念フレームワークをもっていて、アメリカのFASBのそれと同じ ような使い方をしている。IFRSsでも金科玉条として、概念フレームワークを振りまわしているのである。しかし、IFRSsのものはFASBのものと内容的に 一致しているわけではないから、現実には金科玉条が2つあって、どっちをとるかという困った問題に遭遇する。

  アメリカのFASBと国際会計基準のIASBはこれではまずいということになって、ジョイントで概念フレームワークの再検討をすることになった。その結果 として2010年9月に公表されたのが、FSAC No.8である。これはFSAC No.2 と No.3を部分的に修正する内容になっている。

    Statement of Financial Accounting Concepts No.8 (September/2010).

      FASB Concepts Statements No. 1 and No. 2 の一部修正

     Chapter 1, The Objective of General Purpose Financial Reporting,

     Chapter 3, Qualitative Characteristics of Useful Financial Information.

◆知るも知らぬも逢坂の関◆

  京都(山城国)を出て滋賀(近江国)へ抜ける峠は「逢坂」と呼ばれているが、ここは 古代より天下の三関として知られていた有名な関所があったところ。天 下の三関というのは、不破の関(関が原の古戦場あたり)、 鈴鹿の関、そしてこの逢坂の関である。この関を越えないことには、 近江にも伊勢にも行けなかったのだから、戦略上、その重要性は計り知れ なく大きかったものと思われる。 現在の地図では高速道路と在来の道路が入り組んでいて、その所 在がはっきりしない。何度も戦で焼き払われたうえに、交通の要所で あったために、人工的に地形が変えられているというのである。しか し、逢坂二丁目の長安寺あたりであった可能性が大きい(地図参照)。

これやこの 行くも帰るも別れては 知るも知らぬも逢坂の関(百人一首)

  逢坂の関の北には三井寺があって、ここは桜の名所でもあるから、春には 観光客の多いところである。東に琵琶湖がの望める高台は、いちどは訪れ てみる価値がありそうである。

◆「でんさいネット」と電子債権◆

  売掛金などの営業債権を電子化して、ネットワークを通じて売買したり、決済する仕組みが日本市場に実現する。 2012年5月から運用される全国銀行協会の「全銀電子債権ネットワーク」がそれで、「でんさいネット」という略称も決まっている。

  「でんさいネット」によって売掛金を電子化するには、債務者の承認と取引銀行経由という条件を満たすことが必要とされるが、 この条件さえ整えれば、売掛金は電子債権としてネットワークの上を走ることになる。売掛金の回収は銀行口座を使って自動的 に取り立てられるから、「ごとうび」(五十日)に集金に回るテマはなくなってしまう。

  電子債権は期日前に、債権譲渡によって売却することが可能である。この電子債権の売却価額は額面より低くなるから、手形の 割り引きと同じ結果になるが、期日前に簡単に現金を入手できる点で、大いにメリットがあることになる。しかもこの電子債権の売却では 、1本の売掛金を何口にでも細分化することができるという。

  電子債権には収入印紙を貼る必要がないし、管理や取り立てのコストは大幅に安くなるものと思われる。このため、手形の利用は劇的に 減るであろうと予測されている。従来では売掛金を手形で取り立て、その手形を銀行で割り引くケースが多かったが、こうしたケースが 日本のビジネスから消えてしまうかもしれないのである。

◆有給休暇引当金(再)◆

  国際会計基準第19号「従業員給付」は、従業員が勤務したことの対価として支払う給付について、その会計処理のあり方を定めたものである。 現金払いか現物給付かにかかわりなく、また現在払いか先日払いかにかかわりなく、あるいは賃金、給与、俸給、賞与、礼金などの名称に かかわりなく、従業員の勤労に対して支払う対価をひとくくりにして「従業員給付」と呼び、その統一的な会計処理のルールを明文化しようとしているのである。 この従業員給付の中で退職金とか退職後の年金は最も取扱いが難しいので、わが国では「退職給付会計」として別建てにされており、それ以外の従 業員給付のあり方だけが別個に議論されている。それというのも、IASBからいまIAS19の改定案が公表されていて、旧基準の見直しがすすめられ ているからである。

  IASBで取り扱われている従業員給付は、@短期従業員給付、A長期従業員給付、およびB解雇給付の3つの分けられているが、B解雇給付と いうのはやや特殊で、会社が従業員を解雇した場合の強制退職給与と従業員が会社の勧奨に応じて退職した場合の自発的退職給与について、 いつ、どれだけを費用に計上するかを取り上げている。@短期とA長期というのは、通常の給与の中で1年未満のものと1年以上のものとを区別し ているだけであるが、興味深いのはA長期の中に「長期勤務休暇」が含まれている点である。

  従業員が労働の対価として有給休暇を楽しむ権利を取得するとすれば、雇用者側の会社は、有給休暇を提供する義務を負うことになる。この 有給休暇提供義務の発生日に、その労働対価に見合う金額を負債として認識しなければ、簿外負債が生じてしまうというのがその負債認識の 理由らしい。しかし、有給休暇を提供するといっても、それは従業員が会社を休むだけのことで、特段に会社の財産に損害を与えるわけでもない。 従業員が休めるということを理由に、会社が長期にわたる債務を負い、その債務を弁済する義務を負っているという理解は、日本ではなかなか 拡がりにくいだろう。日本の会社では、有給休暇を遠慮して、取らない人が少なくない。

  有給休暇を楽しむ権利を従業員が本当に「行使する」のかどうか、これは日本では「消化する」かどうかの問題とされており、個人差が大きい。 有給休暇をすぐに消化してしまう人と、なかなか消化しない人がいるのである。そのうえ、日本では翌年度への持ち越しがきかない例が多いから、 消化しなければ、権利が蒸発してしまう。この点で、有給休暇を楽しむ権利はストックオプションに類似しているといえよう(下の写真は 同志社大学今出川キャンパス正門、2010年12月31日撮影)

  引当金の会計処理についても会計基準案が公表されているが、その中の例示には「有給休暇引当金」が含まれている。有給休暇を提供し なければならない会社側の債務を負債の部に引当金として計上しようというわけであるが、その金額を見積もるのは簡単なことではない。権利を 行使するかどうかの選択権が従業員側にあるから、その権利行使の確率を組み込むことが必要とされるから、ストックオプションのケースにそうし たように、オプション評価モデルというとんでもなくむつかしい数式を持ち出さなければならないかもしれない。

◆新しい収益認識基準案(再)◆

  FASBとIASBとのジョイント・プロジェクトによる新しい収益認識基準の公開草案が、今年2010年6月に発表されたが、この公開草案は予想外に穏当な内容で、あまり強烈なリアクションを引き起こすとは考えられない。事前の段階では、国際会計基準IFRSsにおけるマーク・ツー・マーケットへの強い傾斜から、実現基準の後退、対応原則の消滅が予想されていたが、フタを開けてみると、現行の伝統的な収益認識基準と根本的に食い違うところは少ないようである。最近では国際会計基準IFRSsに対する風当たりが強く、必要もない会計基準を濫発しているとか、現今の金融不況を創出した犯人は国際会計基準だとかいった批判が浴びせられているが、この収益認識基準の公開草案であれば、大きな波風は立たないかもしれない。しかし、問題がないわけではない。収益の定義という基本的なところに、まず問題がある。

    【日本語版】JASB/IASB、公開草案 ED/2010/6、 「顧客との契約から生じる収益」(2010年6月)

    【英文】 IASB, Exposure Draft ED/2010/6, Revenue from Contracts with Customers, (June 2010).

  国際会計基準IFRSsの基本的なスタンスは資産・負債アプローチであるから、このスタンスによって収益を定義するとすれば、「現金または現金等価物のインフロー」、つまり「資産とは資産の増加(または負債の減少)」とするのが自然だと考えられる。この収益の定義は、FASBのSFAC No.3(1980)においてすでに採用されている(注1)から、今回のFASB・IASBの公開草案(2010)でも、このSFAC No.3(1980)の収益の定義がそのまま踏襲されるのではないかとみられていた。ところが、FASB・IASBの公開草案(2010)では、収益とは顧客に向けての「財・サービスの移転」(the transfer of goods or services)と定義されており、「資産とは資産の増加(または負債の減少)」には結びつけられていない。次がその定義である。

「本基準案においてコアとなる原則では、企業は、顧客への財又はサービスの移転を描写するように、その財又はサービスと交換に企業が受け取る(又は受け取ると見込まれる)対価を反映する金額により、収益を認識しなければならない。」(para.2)

  「移転」というのは「売り手の企業から出ていくもの」という印象を与えるが、この解釈が可能だとすれば、収益は、インフローというよりもアウトフローだということになりかねない。アウトフローというのでは、資産・負債アプローチとツジツマが合わなくなるであろう。上に引用した文言には、たしかに「財又はサービスと交換に受け取る(又は受け取ると見込まれる)対価」が含まれている。しかし、この対価というのは金額の決定にかかわることで、収益の定義というよりも、その測定の問題である。

  国際会計基準IFRSsが提唱したかつての収益認識に関する試案では、収益の定義において、販売契約上の義務が焦点になっていた。販売契約を締結すると、売り手と買い手の両方にその契約を履行する義務が発生するが、その義務の履行が問題だというのである。売り手においては、財・サービスを引き渡すことが契約上の義務を履行することになるから、この「義務履行の充足」(satisfaction of performance obligations)をもって収益を認識するというのが基本的な考え方であった(注2)。この履行義務の充足という考え方はたしかに草案には組入れられているが、それが収益を「財・サービスの移転」とどう関連するのかは明確ではない。「財・サービスの移転」によって生じる結果が「義務履行の充足」なのか、それとも2つは同じコインの裏表なのだろうか。

(注1)SFAC No.3(1980)では、収益は資産の増加(または負債の減少)とされており、インフローが収益であると考えられている。ここにインフフローとは実際に生じた、あるいは期待されるキャッシュインフローであり、現金同等物を含むことが明記されている(para.64)。

「収益とは、財を引き渡すか財を生産することから、サービスを供与することから、あるいは経済主体の継続中の主要なまたは中心的な事業活動を構成するその他の活動から生じた、期中における経済主体の資産の流入またはその他の増加であるか、それともその経済主体の負債の減少(あるいは両方の結合)である。」(para.63)

Financial Accounting Standards Board, Statement of Financial Accounting Concepts No.3, Elements of Financial Statements of Business Enterprises (December 1980)。

(注2)この点に関しては、次を参照されたい。

辻山栄子、「収益認識と業績報告」、『企業会計』、2008年月。

◆リサイクル◆

  環境問題との関連においては、リサイクルという用語がよく使われるが、それはどういう意味なのだろうか。 リサイクル(recycle)というのは、使用済の製品を破棄せず、新たな製品に再生して、再利用することを指すのがふつうである。 再資源化によって同一資源を循環的に何度も利用し、コストと環境負荷を引き下げるのがリサイクルである。

  使用済みの製品を加工処理によって同一または類似の製品に再生し、再利用するのがリサイクルの本来の意味であり、回収した段ボール紙を再生し、これを原材料にして新しい段ボール箱を作成するのがその例である。実際には、再生加工処理をまったく行わず、旧製品をそのまま転用するケースもリサイクルと呼ばれることも多いが、同一製品をそのまま再利用するのは、正確にいえばリユース(reuse)と呼ぶべきであろう。リユースには資源の再生という物質的な循環プロセスが含まれておらず、せいぜいその所有者が交代しているにすぎない。

  使用済みの製品を分解・溶解することによって原材料を回収して、この回収原材料によって新たに製品(同種の製品とはかぎらない)を製造するのもリサイクルに含まれる。この意味での再生は原初の物質に戻すという点から、マテリアル・リサイクル(material recycle)といわれている。電化製品の解体によってレアメタルを回収するのは、このマテリアル・リサイクルの例になる。

  使用済みの製品を焼却することによって、熱エネルギー、電気エネルギーとして再生させるのもリサイクルの手法の1つであり、これはサーマル・リサイクル(thermal recycle)と呼ばれている。核燃料について、大規模なサーマル・リサイクルが試みられている点は広く知られていることである。

◆国際会計基準の新しい財務諸表のフォーマット案(再)◆

  国際会計基準IFRSsにおいては財務報告の様式を改めることになっていて、アメリカの財務会計審議会(FASB)と国際会計基準審議会(IASB)が共同プロジェクトを組んで、 その原案作りの作業をすすめている。既存の財務諸表を見慣れた目からすると、その新様式はとほうもなく「奇態なもの」になりそうで、これが各国ですんなり受け入れられ るとはとても思えない。斬新は斬新でも、「改良」だとする点が見当たらないのである。

  財務報告の新様式としては、FASB/IASBから2008年に「予備的見解」(preliminary view)として原案が提示されている。その財務諸表は、財政状態計算書、包括利益計算書、キャッシュフロー計算書、キャッシュフローと包括利益計算書の調整表(reconciliation schedule)の4つによって構成されている。それぞれの様式案は次のようなものである。

 @財政状態計算書のフォーム

 A包括利益計算書のフォーム

 Bキャッシュフロー計算書のフォーム

 Cキャッシュフローと包括利益計算書の調整表のフォーム

  特徴は次のような点にある。

 (1)3つの財務諸表が骨格をなしており、最後の調整表は補助的な明細書であろう。

 (2)4つの財務諸表はパラレルな形式となっており、いずれも次の5つのカテゴリーに区分されている。@事業活動(business activities)、A財務活動(financing activities)、B所得税(income taxes)、C非継続事業(discontinues operations)、D持分(equity)。

 (3)5つのカテゴリーの区分は「マネジメント・アプローチ」(management approach)によることにし、経営者の知識にもとづいて取引がどのカテゴリーに属するかの分類を行う。

 (4)従来の貸借対照表項目を5つのカテゴリーに分類し直したのが財政状態計算書であるが、その欄外に短期資産合計、長期資産合計、資産合計、短期負債合計、長期負債合計、負債合計を付記する。

 (5)従来の損益計算書とその他の包括利益(other comprehensive income)とを一本化し、包括利益計算書に集約する。その他の包括利益を加減する前の利益は「純利益」(Net Profit)と呼ぶ。

 (6)キャッシュフロー計算書は間接法の使用を認めない。直接法だけによるが、純利益(包括利益)とキャッシュフローとの差異は、調整表を通じてその細部を明らかにする。

参考文献

Financial Accounting Standard Board and International Accounting Standard Board, Preliminary Views on Financial Statement Presentation(October 16, 2008).

The Financial Reporting Policy Committee of the Financial Accounting and Reporting Section of the American Accounting Association, “ The American Accounting Association’s Response to the Preliminary Views on Financial Statement Presentation,” Accounting Horizons, Vol 24, No.2 (June 2010), pp. 279-296.

◆次回の更新◆

  ことしの夏はどんな気候になるのでしょうか。これから連休に向かいますが、その先に待っているのは夏です。みなさん、ご健勝にて春の日々を楽しみください。 次回の更新は7月を予定しています。ごきげんよう、さようなら。


2011.04.10

OBENET

代表 岡部 孝好