Chambers,Raymond J., Accounting, Evaluation and Economic Behavior,
(Preitice-Hall, Inc.,1966.) |
会計数値というのはガラクタの寄せ集めで、まったく無意味な数字だという批判は、最近になって急に出てきた話ではない。会計数値の基になっているのは
「価格」だとされているが、その価格が決められた時点はまちまちであり、昨日のこともあれば、5年前のこともあれば、10年前のこともある。それも当該企業
が取引の当事者として実際に売買した価格であるから、うまく値切った金額のこともあるし、騙されて高値で買わされた金額のこともある。そのうえに設備など
は、減価償却という意味不明の会計処理が施されているから、もともとの会計数値が取引価額だとしても、貸借対照表上の固定資産の価額は
何を意味しているのか、解釈できない数字に化けてしまっている。会計数値は筋が通らない化け物なのだから、既存のルールを全部廃棄して、根本から
建て直すべきである・・・・・・・

1960年代は会計理論の発展史において輝かしい時代であったが、オーストラリアという会計学では片田舎の隅から中年の学者が上のような主張を声高に
展開しはじめたのだから、世界中が驚いたのも無理のないことであった。その驚きをもたらしたひとこそ、シドニー大学のRaymond John Chambers
(1917/11/16ー1999/9/16)である。日本語ではチェンバースともチャンバースとも表記されるが、当時神戸大学大学院で会計学の研究に手を染めはじめ
ていたわたしも、びっくりして腰を抜かしたひとりである。チャンバースがおそろしい議論を展開しているということを教えてくれたのは神戸商大の吉田寛教
授であり、教授がワシントン大学(UW)の留学を終えて帰国されたばかりのころであった。
チャンバースは1917年にオーストラリアのニューカッスルに生まれ、苦学しながらシドニー大学で経済学を学んでおり、1939年に同大学を卒業してから、政
府、民間会社、物価統制委員会などで実務経験を積んでいる。1949年にシドニー・テクニカル・カレッジにおいて経営学教育プログラムのスタッフに加わっ
たというから、会計の実務を知らなかったわけではない。1953年には母校のシドニー大学にフルタイムの講師として迎えられ、1960年に初代の会計学教授
に就任している。1983年に引退するまでの23年間、会計学の教授ポストにとどまって、世界最先端の研究と教育をリードしつづけているから、借方、貸
方の知識には十分に精通していたと思われる。しかし、その会計理論は会計実務からは遠く、著しく現実離れしたものであった。
チャンバースは最初の著書Financial Management(1946-47)以来、半世紀の間に、会計学、財務管理、法律に関する夥しい数の著作を発表し、
傑出した学術的業績を残している。世界各国において公刊された著書は10数冊、論文は225本を超えているという。その中でも
Accounting, Evaluation and Economic Behavior(1966)は代表作であり、理路整然とした論理が首尾一貫して展開されている。
この著作において、彼は既存の会計システムの欠陥を鋭く指弾する一方で、理論的に厳密な新しい会計システムというべきものを強く推奨した。
CoCoA(Continuously Contemporary Accounting)というのがそれで、この新会計システムでは、現在の貨幣等価額(売却時価)によってすべて
の資産と負債が継続的に、また同時的に再評価されなければならないと主張されている。一般物価水準の変動に対しては、資本維持修正を通じ
てその影響が除去されるものの、売却時価評価による純資産の増減はすべてその期の純利益に算入されること
になる。1970年代以降、物価変動会計は緊急の政策課題に再々浮上した際に、そのありうべき理論モデルの1つとして、世界各国において注目され
たことはたしかであるうが、CoCoAが制度化されるというようなミラクルはおきなかった。
チャンバースのCoCoAによると、貨幣資産か非貨幣資産かにかかわりなく、また流動資産か固定資産かにかかわりなく、すべての資産はそのときどきの
売却時価で評価されるから、資産(と負債)の評価という点では筋が通っていることはまちがいない。貸借対照表の借方と貸方の合計は清算価値を表し
ており、株主に分配可能な現金残余がどれだけあるかを示している。問題はそういう清算価値を株主に伝えることにはたして意味があるかどうかである
が、チャンバースによれば、この清算価値によって意思決定を行う株主が最もよい成果を上げるはずである。清算価値による企業評価は合理的な株主
行動に適合しており、したがってCoCoAによる会計情報は株主の意思決定に最もよくマッチすると、チャンバースは主張する。ここで重要な点は、実際
の株主行動はまったく考慮されておらず、「あるべき株主行動」がチャンバースによって指定されていることである。チャンバースが描いていた「あるべき株主行
動」は実際には存在しなかったから、CoCoAの会計情報はだれからも求められることはなかった。チャンバースは架空の会計情報ニーズを想定し、その
架空の会計情報ニーズに適合する会計システムとしてCoCoAを提案したから、CoCoAもまた幻想に終わったのである。
1965年にはオーストラリアで初めての国際的な学術雑誌としてAbacusが創刊されたが、その初代の編集長として、1975年まで敏腕をふるった。また会計教育に対する貢献も大きく、自国内だけでなく、イギリス、北米などの学会で指導的な役割を果たしている研究者には、彼の教え子が少なくない。Ball & Brawnも
その中に入るという。
チェンバースは論客としても広く知られており、現実の深い洞察に基づいて、舌鋒鋭く論陣を張った。真理に向かっての激しい戦いが、彼の生きがいであったという。1983年にシドニー大学名誉教授の称号を受け、1991年に、アメリカ人以外ではじめて会計殿堂入りを果たした。